クマちゃんからの便り |
ヒカリの第一段階終了 櫛形山は雨雲の中。 昼から晴れるという天気予想に期待して、 茶を飲みながら雨が止むのを待っていた。 雷鳴まで轟いて水分をたっぷり含んだ濃い霧の中を、 眼下の山々の尾根が走り 一向に雨脚は衰えない。 オレの待ち遠しい気分はもう臨界に達していた。 「出そうか」オレは太田氏を促した。 駆けつけてきた大間々の役人もタイル職人も 建築家の本多も、豊福さん、マネージャーの成瀬、 みんな登り窯にズラリと整列した。 窯の焚き口のレンガを外して、太田氏が暗い窯の中に消えた。 焼きあがった陶板を手渡しリレーで下に降ろす。 オレがアクションした刻痕に、 KUMABLUEの硝子が流れ込み土と融合している 陶の板が次々と現れ、 コンパネの上で繋がっていく。 降りしきる雨の中、 地面に二メートル×四メートルの大壁面が覆い まだほんのりと薪のぬくもりが残っていた。 電気でコントロールする硝子に 物足りなさを感じていたオレは 二年前、薪を焚く<増穂登り窯>に ふらりと訪ねてきたのだった。 茶碗や花瓶を作る伝統工芸を目指しているのではない。 鉄や石膏で何度も試みて思い通りいかなかった、 五〇〇kgの<ヒカリの入れる器>を シュミレーションしていたのだ。 オレの頭蓋は KUMABLUEの巨大な美しいヒカリを創ることに、 ほとんど占められていたのだ。 その間も、サイバーKILNで創ったヒカリを削っていた。 一二〇〇℃の火炎の流れでヒカリが溶融し 窯変した土と合体したオブジェが、 ついに頭蓋内でシュミレーションしたとおりに出来上がって、 オレのヒカリへのアプローチの一段階は無事終わった。 図書館で輝く巨大なヒカリの壁面を観る 大間々町のヒトビトは幸せだ。 十一月に始まる土とのヒカリは第二段階に入る。 ミラノでの個展に持ち込むヒカリは <事件>である。 もうすぐ紅葉を迎える葉の一枚一枚が 受けては流す天水のささやかな水音が、 無数に重なり合ってオレの頭蓋内で滝の音になっていた。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2001-10-07-SUN
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