イイ気の流れ
ヒカリの器を創るオレの第一段階はまだ終わってなかった。
櫛形山に登って三泊四日、十一月の火入れに間に合うように、
新たに大きなヒカリを入れる器を新しく二個創ったのだった。
オレが辿り着くと、太田氏が
「こちらは、備前焼の伊勢崎淳さんです」
と、静かにお茶を飲むヒトを紹介してくれた。
八方釜を作った故・池田万寿夫氏とは古い友人だったという、
備前焼の第一人者・伊勢崎淳氏である。
ヒカリの話、陶板やオブジェ、大きな作陶、窯焼きの話、
アドバイス。話は尽きない。
陶芸ではない、もちろんガラス工芸でもない、
土と融合した大きなヒカリを創るオレの話を
好奇心に充ちた顔で聞いてくれた。
富士山は一度も現れなかったが、
久しぶりに気持ちのイイ時間である。
「大きなヒカリの器を創るのを見学していこうかな」
BUCHYや若い手元と一緒に開始したオレを、
Mr.BIZENは後方の椅子にかけて
見守っているようだった。
一旦始まったアクッションはとまらないが
小休止の時、近づいてきた彼は
「あなたの工場を見学したいですね」
という。
「もうひとシゴトしたら御案内します」。
若い手元がタタラをつくりロクロを引く。
少し水分を飛ばしてから一気に再開することにして、
Mr.BIZENを武川のヒカリ工場まで
案内することにした。
見学記念に、KUMABLUEの
ネオジュウムのヒカリの粒にサインしてプレゼント。
また登り窯に戻って
「明日からオレのオブジェは佳境にはいるから、
もう一日下山をのばして見ていきませんか」
提案してみた。
「そうしたいですね」
翌日も彼は椅子にかけたままオレのシゴトを観ていた。
「ヒカリの巣ですね」
オレの手が休むと近づいてきて、
乾燥、火入れの時ヒビ割れしそうな個所の補強を
アドバイスしてくれた。
無数の筒にKUMABLUEのヒカリを詰める、
焼き締めた後のシゴトを説明する。
Mr.BIZENがネーミングしてくれた
<ヒカリの巣>は戴きだ。
残っていた耐火土でもうひとつ
<ブルードラゴン>も創り上げた。
オレの頭蓋内には巨大なKUMABLUEが輝いていた。
「窯での火入れが楽しみです」
「ミラノから戻って十一月は、
今まで創った四個の大きなヒカリの器が乾燥して
第二段階に入り<八方釜>で焼き締めます。
是非、また来てください」
「そうしたいです。今度ボクの備前の窯場にも来て下さいよ」
Mr.BIZENは山を降りて帰っていった。
『<ヒカリの巣><ブルードラゴン>らが
窯からの無事に巣立つことを祈ってます。
伊勢崎 淳』
Mr.BIZENからのメールが
アバンギャルドのゲージツ家のPCに届いた。
山肌を這い速乾を防ぐ雲に包まれたオレの作業は、
終わってみると物凄い速度だった。
テレビも新聞も、テロリスト殲滅という名目の
アフガン空爆開始を伝えているが、
オレのゲージツは一時も休むことなく続く。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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