ゆっくりとしたジカン
オレは今まで、モンゴル草原やインドのダラムサラや
マレーシアのペナン島、バリ島、
フィンランドのフィスカルス湖畔などでゲージツをして来た。
オレを受け入れてくれたのが
世界の縁という地域が多かったのだ。
何処に行っても満足な溶接機が手に入らず苦戦したが、
現地の無名なヒトビトを巻き込んでの
ゲージツ・ジカンだった。
ニジェールの数百km入ったサハラでは、
砂漠の移動民族トワレグの手助けだった。
日陰ひとつない砂の海で、
彼らは日に五回のメッカへの祈りを欠かさない
敬虔なイスラムである。
古代から、人生の大半のジカンを
砂の海を移動して過ごしてきた彼らは、
砂嵐が吹き込んであっさりクラッシュする
オレの溶接機や発電機を、
危険な夜の砂漠を数百kmも走り遥かな町まで
何度も中古の文明を運んでくれたり、
クレーンのない炎天で
オレが創った風の装置である大きなオブジェを
人海作戦で立ち上げてくれたのが
トワレグ族のガイドたちだった。
五十℃の日中、
トラックの下にわずかに出来た日陰に寄り添って、
陽が傾くのを何時間もジッと待っていた。
「退屈を感じたことはないのか」
オレは思わず訊いてしまった。
「タイクツって何だ」
と砂漠の民に訊きかえされた。
無い概念にコトバがあるはずは無い。
砂のジカンに戸惑っていたオレは、
トワレグのヒトが入れてくれたアラビアンコーヒーを飲んで、
赤味を増しながら沈んでいく砂の彼方を眺めながら
静かな気持ちになったものだった。
あれから、オレの<鉄>のジダイは、
<ヒカリ>や<土>や<火>など根源的な物質ジカンに
移行していったようだ。
水分に変化し火炎で変容するジカンの流れに、
焦りも無く諦めるのでないオレは
生きるジカンを合わせるのだ。
東京駅で西行きの新幹線を待っていた。
「クマちゃん久しぶりね」
大阪の公演に向かう美輪明宏さんだった。
いつお会いしても美輪さんは温かい気配を漂わせている。
発車までプラットホームで立ち話。
ミラノ行きを伝えると
「アンタは何処へ行っても大丈夫よ」
と言うコトバを心強く感じた。
アリガトウ。オレも美輪さんもお元気で。
京都の丁寧な造りに包まれた古い旅館で、
坪庭を眺めながらオレは静かに日本酒を飲んでいた。
タイクツなぞカケラもない頭蓋に、
<ヒカリの巣>の乾燥が順調に進行していることだけを想う。
それにしても、<新しい戦争>は激しくなる一方だが、
地球上のヒトビトの考えが変わり、
テロもなくなる世界は
まだ五〇年も一〇〇年もかかるのかもしれない。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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