オレはやっぱり火の前でヒカリと
シーズンオフと言われる時期だって、
こんなに閑散とした<NARITA>は見た事 が無い。
昼少し前だというのに
お客が並んでいるカウンターなぞなくて、
笑顔がめっきり少ない関係者の制服ばかり
目立つ空港内は、恐ろしく静まり返っていた。
ラウンジに寄ってみると、
ここも数人が俯き加減でコーヒーなぞ飲んでいる。
不気味な沈黙が鬱陶しい椅子に掛けて、オレは水を飲む。
ニューヨークがテロのアタックを受ける相当前から
オレの出発は今日に決めていて、
ゼニを送金してイタリアで買い求めて貰った
NARITA/MILAN格安の
往復チケットも、今は汗ばむオレの掌のうちにある。
このところのゲージツやゼニ稼ぎや
全てをこの出発に合わせてきた、
来年ミラノで予定している個展の打ち合せだ。
今さら、テロごときでオレのスケジュールを
変更出来るものかと思ってはいても、
ここにきて、六月開催を少し先に延ばしたい気もするが、
ギャラリーの都合や、
キュレーターたちの考えもあるだろう。
<ヨモギ>になりたいと思っていたガキの頃から
ボンヤリ者といわれていたオレは、
ジタバタしていた若いジダイも少しはあったけど、
<未来>に過剰な希望なぞ持ち合わせないまま、
屁のような歳を重ねながら今になってしまった。
オレのそんな頭蓋内に、
いつの間にか<未だ見ぬ美しいヒカリ>が
棲みついていたの だ。
今回のミラノから戻ればすぐに、
また寒い山岳地帯に篭もって薪の火炎で
KUMAB LUEを焚き上げるジカンが待っている。
遥か彼方にあるそのヒカリを完全に掴めないまま、
例えオレのゲージツ・ジカンが終わったとしても、
執着のないままに往けるところまで
行ってみようと思っている。
今までだって
《未来に過剰な希望なぞ持たず、
過ぎ行くメモリーさえにも執着せずにきた》
出発の時間が迫った。
そろそろ、搭乗口の方に行ってみるかい。
(NARITAにて)
スイスとの国境に近いコモ湖を見下ろす
荒々しい岩肌に張付いた小さなホテルは、
イ ンターネットが繋がらない。
月曜日、いよいよギャラリー<MUDIMA>を訪ねる。
オーナーやキューレーターのドミニクと打ち合せする
資料の内容を思案していると、
眼下を鋭くタッキングして蒼いナイフのようなセイルが、
深く沈んだBLUEの湖上を切り裂き
ヒカリの中に消えていった。
モッツァレーラとオリーブを少し摘んで、
コモ産のワインを一本空けた。
ジョーチュー以外の酒も美味いものだわい。
COMO湖
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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