Kuma
クマちゃんからの便り

無駄の無いクール・ダウン

「ヨオッツ、ゼネコン・函モノ屋。
 オレは今、布良の船宿にいるけど、鯛釣りやらないか」
「ボク、ヘラ鮒しかやったことないんです。出来るかなぁ」
「何言ってるんだよ、意気地なし。今から走って来いよ,」
「じゃあ、そうします」
近くの小さな寿司屋で呑んでいるうち、
五月にイタリアに同行させた建築家の本多を誘おうと思って
電話すると、マンマと載って来た。
布良も夜になって雨だ。
コタツで原稿を打っていたら道に迷いながら、
本多がやっと辿り着いた。
「バカタレめ、背広にネクタイで船に乗るつもりか。
 仕様がないから明朝、船長に借りてやるわい」
土産に持って来たショーチューを呑みながら、
ミラノでの計画や本多の建築プランに嵌めこむ
ゲージツなぞを語る。
本多は剣道三段のヘラ鮒に凝ったことがある建築設計士だ。
三時間弱の睡眠で朝五時半、雨の海に出港。
「ここ濡れてます」
カッパの上下に着替えたというのに本多は、
雨で濡れた座席を拭こうとハンカチを出そうと
ウロウロしているじゃないか。
「乙女のピクニックか、
 何のためのゴムカッパだよ、バカタレめ」
「そうでした」
ちょっと清潔癖で朝から勢いを削がれるが、
オレはポイントに着くと手早く、糸を落す。
来たっ!
今日もイイ調子だ。
それから鯛の強いタイト・ラインが五回続き、
全部獲り込んだ。
カワハギ釣りも楽しみ、
夕方にもう一度試みた鯛。
最後の一投はイメージ通り、間もなくズギューン。
タイト・ライン!
十一枚目のゲットだ。
本多もヘラ鮒ほどの小さいサイズを三枚上げたが
小さくても<鯛>には違いない。
ヘラ鮒ヤロウは小さな動きに敏感なんだろう。
カワハギも釣ったり本多もすっかり、
釣果に満足なようだった。



翌朝、十時、本多の車で布良から二時間走って、
市原の高滝ダムにある<水と彫刻の丘美術館>。
コレがオレの狙いだった。
家庭画報新年号の撮影の仕事である。
自前の着物で自分のオブジェ<飛来>によじ登って撮影。
錆びを浮かせ始めたこのオブジェは、
99年に創ったもので久しぶりの対面だった。
帰り際にアイサツしようとした
市原市の亀田次長が見当たらない。関係者の若い者が
「今、ジネンジョを掘りに行ってるから、少し待ってくれ」
と言う。
待っていると立派なジネンジョを三本入れた
長い箱を抱えてきた。
車で送ってくれた本多に、運転手代として二本持たせた。





『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2001-11-04-SUN

KUMA
戻る