Kuma
クマちゃんからの便り

ゲージツ日報

十二月一日、増穂・池田満寿夫八方窯は本焚きに入った。
五つの焚きがある八方窯の本焚きは、
若い衆が一人ずつ焚き口に着きコンビネーションよく
寝ずで薪を焚くのだ。
五人一チームの三グループ、総勢二十人で
三昼夜続くのである。
午前十時、いよいよオレが買った百万円の薪が燃え始めた。



山と積まれた薪が、温度の上昇と共に燃え上がる燃焼で
ドンドン無くなっていく。
そこに在るモノが窯の火炎となって消えていく
<消滅>とヒカリの器の<誕生>を目撃するのだ。
熱線による熱量や気体を燃やすガス窯と大きく違うのである。
薪束がズンズン減っていく。
もう途中で止める事は出来ない
巨大なヒカリの器の生還へと向かうジカンの矢印だ。
詰まっていた鼻腔が通じて、
頭蓋の隅々まで涼しい気が入り込む想いである。
焚き口から八百八丁を燃やし尽くす勢いの火炎を見詰める
若い衆等の眼は血走っている。
窯内温度を見ながら声を掛け合い、
効率のよい燃焼のために薪を順番に放り込む。
燃えろ、燃えろ。土の窯変は始まっているはずだ。
起きて来た第三チームに交代の真夜中、
窯内温度は1,150℃。
火を吹き上げる煙突に満月がかかる。
これから彼等は朝の六時まで持ち場の焚き口に張付くのだ。
この時間中に臨界温度1,250℃に達するだろう。
そしたら少し下げた温度にキープしながら
十二時間は焚き続ける。
ラジオから皇太子に待望の新宮が誕生したとの
ニュースオンリー。
八日、このゼニを喰う八方窯から
オレの巨大なヒカリの器が誕生するのはもっと喜ばしい。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2001-12-05-WED

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