Kuma
クマちゃんからの便り

それ行け! サイバー・KILN


朝十時半、新宿駅のベンチでOMRONの李君を待つ。
発車直前、熱伝対のリールを抱え、
バージョンアップしたOMRONのコントローラーを詰めた
カバンを肩にした行商スタイルの李君が現れた。
「今日はグリーン車で行くぞ。しかも駅弁付きだ」
「えーっ、ボク初めてだよグリーン車は」
嬉しそうに叫んだ。
アズサで東京・山梨を行き来するオレも、
新装なった車両は初めてだった。
白を基調にして少しはオシャレになった車体と、
シートのクッションも良くなっている。
アズサでの移動もこれで値段に近づいた電車になった。
しかし、上り下りソレゾレ日に三本しかない。
今日は、<ミラノ・スペシャル>のヒカリのスタートだから
幾分緊張していたが
昨夜まで荒れた房総の海で漂っていたせいか、
あっという間に眠った。

やっぱし、FACTORYは冷凍庫状態だ。
前回、ここの寒さをあまくみてヒドイ目にあった李君は、
防寒対策も万全である。
オレはKILNの中に入ってカレットを補充したり
土の器を最終点検したり、
新しい自作のセンサーと特性の熱伝対ラインを固定した。
その間、李君はコントローラーを付け替える作業だ。
やっぱしクソ寒い。
李君は鷲づかみにした古い回線コードの束を、
KILNから出てきたオレに振り回して見せた。
「相当旧式の装置だったねぇ」
水銀灯に照らされて腐った血管みたいに見えた。



オレのイメージに追いつかなかった業者の古臭い機械が、
李君の手際イイ作業で一掃されていき、
サイバー・KILNがオレのイメージ通りに進化していく。
四時二〇分ついにスイッチオン。
自然乾燥にただひたすらジカンを費やしたり、
薪を焚きつづけて焼成した挙句に亀裂が走るという
古典的な焼成窯は、
大きなヒカリを創ることには向いてないことを痛感した。
スタートを遅らせて迎賓小屋のエン会で盛り上がった
OMRONの今村氏とのテーマ
<非日常熱量と指先感覚のセンサー>が現実になったのだ。
オレのヒカリを創るためには生産ラインのノウハウすら
吸収するのだ。
順調にオレが作ったセンサーが機能しはじめたが、
この緊張はまだまだ春まで続くのだ。
迎賓小屋で李君とショーチューでささやかに乾杯。
ギャラ代わりに渡したイモショーチュー十本を、
李君は空になったカバンに詰めた。
酒を愛するサイバーな若者は、
ニコニコと行商のようなスタイルになって
アズサで戻って行った。
零下10℃のFACTORYでサイバー・KILNは、
イイ出力で物質の実態温度が
コントローラーとシンクロしている。


『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2001-12-23-SUN

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