Kuma
クマちゃんからの便り

水の樹回転す

オレの部屋の掛け時計は単三電池が切れて
暮れから止まったままだ。
買いに村に降りていくのさえ面倒で、
日がな六時七分十一秒である。
時計で確かめなくても、
朝が来れば研磨のジカンが過ぎていき、
甲斐駒に陽が入れば四時半である。
陽が隠れると途端に地表の温度は冷え込み、
それを区切りにシゴトはお仕舞だ。
六時七分十一秒の部屋に上がって飯を喰い、
ホウヒンで煎茶をいれる。

MILANOへのヒカリを創るFACTORYのセンサーは、
時間、温度を正確にカバーしている。
山肌を滑り落ちてくる風は川筋で集合して、
方向を定めない突風になりその辺りの小石すら跳ね飛ばす。
近くの県道に軽トラも見当たらない。
突風の朝九時から、長い沈黙の研磨ジカンを過ごした
FACTORYを出て、久しぶりに大きな景色に身を置き、
甲斐駒に続く幾重もの山と川の景色の中に
石と石の関係を創っていた。
オレはバックホーのオペレーターと組んで
川底から出てきた五〜十トンの巨石をレイアウトしながら、
昼前に到着する<水の樹>を待つ。
打ち込み終わった川底のアンカーのコンクリートには、
古典的な練炭を焚いて凍結を防いでいる。



水位計の機能を持ったオブジェ<水の樹>のアイデアは
三年前だった。
その時の担当者はスライド出世ですでに転勤、
その次の担当者もいつの間にか姿を消し、
今の<ハッパ君>は三人目だ。
巨石の蔭で風を避けながら春風のような
ニコニコ顔で見守っていた彼は、
小柄だからここの突風をまともに喰らったら
飛ばされてしまうだろう。
役人にしておくのは惜しいくらいの清々しい笑顔である。
二十五トンのレッカークレーンを配備し終わった昼前に、
<水の樹>を載せたトラックが東京から到着した。
早速、設置作業を開始。東京の下町の鉄工場で観ていた
鉄の翼は、いっそう大きく逞しい。
突風は束の間収まっていた。
KUMABLUEの大きな天空に黄色い翼が上がっていく。
ロープを片側を結んで固定しておき、
アンカーにベアリングシャフトの鋼管を繋ぐ。
一ミリもない隙間に翼の根元にシャフトを無事差し込んだ。
生命のシンボルは一トン近い翼が、
吹き始めた突風に回転を始め、暮れる寸前の空を掻き混ぜる。
回るたびにハッパ君が子供のように喜んでいる。
アンカーのコンクリートが完全に固まるには
もうひと月ばかり掛かるから、
川の流れを元に戻すのは二月末になる。
啓蟄の頃になれば、温む春風にゆっくり回転し
川の流れに咲く<水の樹>を、
村の子供等もハイキングに来るヒトも発見するだろうが、
それまではヒッソリとしたジカンを過ごす。
研磨に区切りをつけて、オレも久しぶりに山を降りるか。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-01-14-MON

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