Kuma
クマちゃんからの便り

ゲージツ家海に笑う

三月になれば、ミラノからキュレーターのドミニクと
ギャラリーオーナーのデオ・マッジョも
FACTORYに作品の最終打合せに来日するから、
いつになくオブジェの仕上げに時間をとられていた。
先日の<水の樹>が終わり、田圃の景色の中に建てる
<風男カカシ>も創りはじめている。
これは、田植え時期から稲穂が実る秋まで
水田を撫でていく風に反応するオブジェになるだろう。
これから創るモノの構想と戯れているオレの頭蓋が、
まだ身体にくっついているものだから、
飛行機や船に乗って物理的ジカンや距離が
離れても着いて来る。

今は、間もなく始める四メートル×一〇メートルの
北九州のデパート<井筒屋>の大壁面の構想である。
北九州にある<TOTO>の工場に乗込んで
ヤキモノ部門のスタッフとチームを組み、
生産ラインの巨大窯を使って未だ観たこともない、
大量のKUMABLUEとネオジュウム硝子を焼いた
ヒカリの器に鋳込んで
蒼いヒカリに充ちた巨大な壁を創るのである。
心強い釉薬の工学博士や陶土のプロとの、
美しいKUMABLUEに充ちたバトルが展開するだろう。
ゼニや後ろ盾が十全ではないオレは、
ゲージツのためなら在るモノは
全て使い切りたいと思っている。

久しぶりに千葉の海に一泊二日の釣り行脚だった。
質素な船宿でタクアン何切れかと
茶でニギリメシを喰いながら、
百円玉一個で一時間観る備え付けのテレビを眺めながら眠る。
布良の仁平丸。初めてヤリイカ釣りに挑戦した。
集中した頭蓋で細いライン一本に集中して操り、
一〇〇から一五〇メートルの見えない海の底と交信するのだ。
泳げない地上の生物であるオレは、
未だ見ぬ水中をイメージしてラインに伝わってくる
微かな生物の活性を感じ取るや敏感に反応する。
釣りの面白さはここに尽きる。
結果の漁獲高という数字は、単なるデジタルではないか。
そんなもので一喜一憂するのはツマラナイ時間の使い方だ。
それでも十五ハイ釣り上げてオレはトップだった。
ミリンにショーガを合わせたショーユに入れて沖漬けにした。

翌朝には大原港。二代目のワタルも少し大人っぽくなって
甲板の世話をしている勇盛丸。
二年ぶりのヒラメ釣りだった。
喰いが悪くて名人らしいヒトも何度か合わせ損ねている。
オレのロッドはマダイ用で少し硬いから、
僅かな反応にドラグを緩くして焦らず
ジカンをかけて完全に喰わせて、
1.6kgと2.3kgを仕留めてこちらも竿頭になった。
その挙句、釣れればまた嬉しいのである。
オレの頭蓋は巨大な蒼いヒカリに充ちていた。

ヒラメを手土産にIZUMIさん夫妻宅に年賀。
それからまた魚を喰いながらクソ寒い山篭りである。





『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-01-17-THU

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