北九州
巨大陶板の制作も佳境に入ってきた。
乾燥を防ぐために、ビニールで密封した作業場では
大きな加湿機のノズルから盛大な霧が噴出している。
ここで朝九時から夜一〇時まで、オレは、
TOTOの親方や職人たちが準備したゲージツの土に
インスピレーションに従って
ふんだんの釉薬をぶちまけるアクションだ。
林博士や今年定年の親方、
いつもは秩序の中で製品と言うクローンを
造りつづけているラインの職人たちが、
一個しかない巨大なモノをゲージツする
無秩序なオレを完璧にフォローしてくれている。
強力なTOTO軍団だ。
頭蓋に完成しているKUMABLUEの
NANOな世界に向かって、手当たり次第、
ボロ布であれ、床掃除のモップ、肥柄杓であれ、
板切れでさえ、ゲージツの武器にしてしまう。
イイ調子である。
彼等にはコトバで伝えてあるが全貌は知らせていない。
ジカンとともに次第に立ち現れてくる
スリリングな仕掛けである。
合間の控え室で、オレが目指す自光したり
蓄光するヒカリについて、林博士と語合う。
いつかそんなKUMABLUEは
掌サイズのクラフトではない。
<井筒屋>差し入れの豪華な幕の内弁当を喰う。
四〇年土とまみれて働いてきた
几帳面で落着いた雰囲気の親方は、
今年午年で定年だと言う。
とっ散らかったカオスを生きてきたオレと同じジカンである。
彼が退職を迎える秋には、
オレのMILANO個展が始まるのだ。
冷たい雨の小倉、地鶏の刺身、
薩摩揚げで芋ショーチューを呑んだ。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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