ゲージツは眠らない
日曜日、職人達の数はさらに増えていた。ありがたい。
四〇〇平方メートル、二トンは
ある陶板にKUMABLUEのヒカリを溜める土の器を
約二〇〇〇個以上付けていった。
この手の陶壁になると、
小さく描かれた原画をタイル屋が
チマチマと真似て拡大する
方法で作っているモノが多い。
始める前に頭蓋内で繰り返す無数の仮説はあるが、
オレには予定調和を目指すような下絵は
無用なジカンである。
容赦ない土の乾燥速度のなか、
一回性のオレのアクションが全てなのだ。
動き出したら考え込んだり悩んだりしない
身体は止まらない。
刻んだアクション跡を、
親方の指示で職人等が堅牢にフォローしていく。
彼等の眼を盗み、控え室のソファーに倒れ込んでは、
夢も見ない床の間の夢枕。
痛む足腰は自動目覚まし時計だ。
ストレッチしてまたアクション。
夕方四時過ぎに、
仮説を越えた巨大陶壁へのアクションは
大方完了したのである。雨
もあがって外は温かくなっていた。
宿で眠ろうとしていたら車の迎え。
<井筒屋>の中村社長とTOTOの小田親方とで
河豚を喰いに行こうという。
メカリ神社の境内から関門海峡に突き出した
百二十年続く小さな河豚屋<枕潮閣>は 海の上だ。
この神社では旧正月の早朝、関門の海で
海草の新芽を刈る神事が一〇〇〇年ちかく続いている。
オレが河豚を口にするのは三度目だが、
本場で喰うのは初めてである。
流れの速い夕暮れの海峡を
一万トン以上のタンカーが通過すると
余波が激しく閣の足 元を打つ。
休みの店が多い日曜日、
<枕潮閣>が特別あけてくれた。
ヒレ酒、河豚刺し。
まだオレのエネルギーが残っていたのか、
こんな美味いモノだったのか。
身に近い皮が<三河>、その隣りは<遠江>、
そして遠江の隣りが<尾張>と地名に掛けているのだ。
皮の三つの部分を喰いながらショーチューと合うわい。
宿の地下バーでハイボールで仕上げ。
激しいゲージツの後、ゴーカなジカンである。
TOTOの衛生陶器にゲージツすることを口走ると、
小田親方がケイタイで休日の職人等に指示したから、
明朝、さっそく実現することになった。
仕上げのペインティングの他にまた自らシゴ
トを増やしてしまった。
マ、ゲージツはまだ眠らないのだ。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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