うねる海を掴む
TOTO本社工場で林博士たちとの激しいゲージツと、
ショーチュー攻めからひとまず東京に戻ると、
サオトメ氏から特注のロッドが届いていたから、
休む間のなく海に漂うことにした。
三浦半島の長井で一五〇メートル海底を探って
ヤリイカを釣るのである。
これがまた 手返しと微妙な感覚の釣りなのだ。
車の運転が出来ないオレは、
誰かが運転してくれなけりゃ何処にも行けない。
あっち こっちに電話。
「明朝イカ釣りに遊びに行こうや」
「突然無茶です、平日はもう勘弁してくださいよ」
みんなに断られ続けた。
『何だ小市民のヘナチョコどもめ。も
うアイツ等とは釣りに行かないぞ…』
ゲージツ の集中で疲れたオレの頭蓋は
絶望的になっていた。
「夜、船宿まで送り届けますが、
僕は戻らせてもらいます。
仕事がありますので釣り は一緒出来ません」
ケイタイにケンドーからだった。
「アリガトウ。フィッシングは
独りの大切なジカンだから
君は仕事でもしていなさい」
長井の<福本丸>船長は
「夜中になるなら家で泊まって、朝、釣りに出よう」
と言っ てくれるし、
天はまだオレを見放していなかった。
イカ釣りのメッカ長井は快晴ながらうねる海。
ロッドの微妙に柔らかい穂先は絶妙の
アクション。
しかし他のヒトがボツボツ揚がりはじめても、
充分にイカの動きを読み取れず、
オレ はタイミングが掴めないでいた。
やっとうまくツノに載せたヤリイカを挙げだすと、
激しくアクッションした九州でヒートアップした頭蓋で
漂った海のジカンはすでにフィニッシュに近づいていた。
夕暮れの海岸にタイヤのない古びた
乗合バスが置かれてあった。
船長の釣り事務所らしい。
何処へも行くことが出来ないバスの中に集まってきた
地元のヒト等と、
深海から来た獲れたての美味いイカを齧りながら
酒盛りになった。
割烹のソフィスケートされたエン会もイイが、
アナーキーなエン会も好きである。
地元の腕自慢の話を聞きながら、
オレは掌に残っていた微妙な感触のイメージを
リフレインしながら
徐々にクールダウンしていた。
船でも隣りで親切に教えてくれた
漁具メーカー<MISAKI>の鏑木氏から
いっぱい貰ったイカの仕掛けと
サオトメ・ロッドでリベンジしよう。
生きるジカンを全開にしたゲージツジカンと、
海の中の微妙な動きを掌で掴む瞬間。
仕事を済ませて迎えにきたケンドーにもイカを食わせ、
土産に頂いた三浦大根を分けてやる。
酔っ払ったオレは誰かのサンダルを履き、
釣りの長靴も車の中に忘れてきて、
足回りに苦労した一日だった。
朝、林博士から、
土とうまく融合するKUMABLUEの焼成実験に
成功したとの連 絡あり。
明日からまた、
鉄やヒカリのオブジェとの
ゲージツ・ジカンの再開である。
オレの2002MILANO遠征は
日一日と近づいてくる。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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