Kuma
クマちゃんからの便り

春はまだ遠い

HELLO! I am KUMA!

テレビも観ることもなく区切りのない山篭りは、
数日経っているのだろう。
鉄の鋳物のOBJEも刻一刻のアイデアで、
変化していき一日がビュンビュン音をたてて過ぎていく。
雪だ、雨だ、クソ寒い風、節分だ。
鬼はオレ自身だ。
マネジャーが送ってくれた
慰問小包に入っていた小さな升に入った大豆を、
山の中とは言え、鬼が自ら追い出すのは変なハナシだから、
窓から雪の山に小声で
「鬼は外」。
また何やら怪しい雪空である。
雪が落ちてくる前に、手伝いに来てくれた
ビンボー・絵描きのスガワラ君とシゴトに精をだす。
オレが電動のフォークリフトを操って、
大きく重いOBJEを自在に運べるようになったから、
FACTORYの内も外も作業場になって
OBJEだらけになった。
ドリルの刃を買いに行ったついでに、
気まぐれに村の商店で買ったPIZZAを
二人の昼メシにと思った。
3合炊きの電気炊飯器と電子レンジはあるのだが、
オレはオーブントースターは持ってない。
PIZZAの袋にはオーブンで焼けと書いてあった。
喰えないモノを持ったまま途方にくれていたら、
スガワラ君の「アルミホイルで包んでストーブで焼こう」
と言う提案に従って、
茶を飲みながらPIZZAが焼けるのを待っていた。
ところがPIZZAのチーズやサラミやトマトは
大方アルミに取られていた。



オレたちは千切ったトマト味の
トーストになっちまったパンで
アルミのチーズをこそいで喰った。
ミラノを目指しているからといって、
無意識に田舎のスーパーで
簡易PIZZAを買ってはイケナイと思った。

午後からのシゴトも捗った。
定職の井戸掘りに戻ったスガワラ君は、
山に定期観測に行ってしまった。
また独りのジカンである。
去年暮れに、巨大な土の素焼きに
500KgのKUMABLUEを鋳込んだ
ミラノスペシャルのヒカリを徐伶中のサイバー・KILNは、
三月の生還に向けて順調である。
その間に、鉄鋳物に色々アイデアを込めて
ペイントしたりしながら、
エロチックな新しいOBJEに創っている。

FACTORY内は何年ぶりかに鉄の工場になっている。
春らしい気温になるがまだまだ先は長い。
バーナーの火炎温度に勘違いした小バエが、
まだ濡れているペンキに溺れ明日には固まってしまい、
MILANOへ同行することになるだろう。
頭蓋からラセン状に立ち昇るエナジーに身を任せて
十二時間以の制作で、着々と仕上がっていく。
こんな時は、酒もメシも省略してでも、
行けるところまで行くのだ。
夜、パソコンに向かった。
タバコの灰がキーボードに落ちた。
慌てて、掃除機で吸ったら
<W>のキーが根こそぎ無くなっていた。
<を>が打てなくて文章にならないじゃない。
小バエの祟りなのか。
掃除機を解体して溜まっていたゴミの粉末の中から、
三つの小さなパーツを探し出した。
全て探し出すのに時間がかかったが、イイ気分転換になった。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-02-14-THU

KUMA
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