Kuma
クマちゃんからの便り

二週間以上の山ごもり

もう一五、六日以上になる山ごもりである。
武川米はまだたっぷりある。メシに味噌も悪くはない。
納豆には小さなタレが付いて いる。
二合の米に五穀米をほんの少し混ぜて炊く。
喰うことに向上心のないオレは、
同じようなこんなメニューだけで朝晩を
やり過ごしているが、何の不満も無い。
しかしショーユが切れてしまって
丸二日は我慢していたが、
ワイヤーブラッシを買いに村に降りたついでに
ショーユも手に入れた。
山ごもりにはやっぱり味噌ショーユは欠かせないわい。
小鳥も来ないし、宅急便も来なけりゃ、
しゃべる事もない。
マ、独り言を呟いている かもしれないが、
気付いていない。

久しぶりにテレビ・ニュースを観た。
元々、興味のないオリンピックが始まっていて、
オレがショーユに事欠きながらも
淡々と激しく続けていたゲージツの間にも、
家中で縛り付けた嫁に、
ショーユを掛けただけのメシしか喰わせなくて、
餓死させたという事件があった。

ショーユが脳ミソにまで循環してしまったジャパンは、
自と他の関係にさえ、もがい ているのだ。
テレビで垂れ流しされるデフレへの恐怖や
下降する株価とか、やれ政権交代なぞの日常とは
異なったリアリティがあることに、
山ごもりのゲージツ・ジカンが気付かせてくれるのだ。



ふやけた日常から抜け出して、
クソ寒い温度の中で、頭蓋内に沈んだ意識の深みや、
DNAの記憶を辿り、
新しいエネルギーを掴んでは、
また日常に生還してくるのだ。
生きながらに<死を想 う>。メメント・モリ。
いつもオレに同行していたパソコンの調子が悪くなり、
新しいパソコンを、秋葉原のサイバー・ロッカーが
インストール作業をしてくれていた。
大きなヒカリとKUMABLUEのヒカリを繋げ、
二百メートルの太いロープを巻き結んでいる。
注連縄が含んでいる生と死の象徴。
しばらく、ゲージツ・ジカンに没頭していたが、
また日常に戻ってきた。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-02-19-TUE

KUMA
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