Kuma
クマちゃんからの便り

暖かい一日

朝8時からOBJE群を仕上げては、
FACTORY内を整頓しながら並べていく作業。
TOTOのシャトルKILNでネオジュウム・ガラスを入れて
二次焼成していた陶板が、
50枚すべて焼きあがったとの連絡があった。
休日出勤しながら焼き続けてくれた林博士や
TOTOの職人たちに感謝しながら、
先日、地元の80近い老植木職人に教わった縄結びで
ヒカリにマニラロープを巻いていた。
職人のようにはいかないが何とか仕上げた。
水引、小包、風呂敷。
石を結んだ綱に天秤棒を通して運び、舟を繋ぐ。
モノとモノを繋いだり、ヒトの心さえも結ぶ。
オレはオフクロから毛糸を編むことを教わったのだが、
ガキの頃、彼女が
鶴や亀を白や赤の水引で作っているのを記憶している。
古代からヒトの生活には結ぶワザは必需だったのだ。
セロテープ、ホッチキス、溶接、
樹脂の強力接着剤などを作った文明は、
結びのワザは過去のものにしたようだ。

ヒカリを硬く締めているロープの軋む音が、
サハラを浮遊していたジカンを思い出させた。
テネレ砂漠のド真中で日陰ひとつない
オアシスの井戸のほとりで、ボンヤリと一服していると、
果てしなく砂だけの広大な景色の何処からか、
バケツを頭に載せた少女が現れた。
まだ細い手首に美しく輝く青やオレンジや
黄色のビーズの腕輪は、きっと自分で結んだのだろうが
彼女の生きる喜びが感じられた。



バケツも持たずに井戸の傍にいる見慣れないオレを、
彼女は大きな黒い瞳が怪訝そうに見た。
眼で「あんたの番だよ」と言った。
中途半端な場所にいるオレが原因だったらしい。
井戸番の少年が彼女のバケツを取って井戸の傍に置き、
ロバの尻を平手で引っ叩いた。
キュルル キュルル キュ ルッ…。
井戸の両脇に立てた二又の太い枝に掛けた木の滑車を回して、
遠ざかるロバに繋がったロープが
地底の水脈を引っ張っている。
キュルル…。
乾いた音は何十年何百年、何千年も続く水の音だ。
「どっから来たの」
「あっち」
彼方を指差す。
「あっちまでここからどれ位」
「2キロぐらい。一日2往復するの」。
少女の大きな瞳が得意気に変わり微笑んだ。
少女は起きている時間の大半を歩いているのだ。
雑談するうちロバが100メートルほど向こうにいて、
少年がロープの先に結んだ
タイヤを改造したバケツを取出して
少女のバケツに注いだ。
彼女は頭に載せるとまたあっちに歩き出し
砂の襞に消えていった。
あの灼熱の砂のウネリの中で水と繋がり、
生きる緊張を漲らせたロープの直線だった。
春らしくなったがまだ雪が残っている甲斐駒ケ岳の麓で
オレは、まだ歩き続けているのだろう少女を想う。

ミラノからキュレーターのドミニクと、
ミラノコレクションを終えたIZUMIさんが東京に着いたと、
マネージャーから連絡があった。
いよいよ11日にはオレの作品を見に来る。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-03-14-THU

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