Kuma
クマちゃんからの便り

真打登場

MUDIMA美術館の館長ジノ・ディ・マッジョが、
昨日に続いてドミニクを同行して
とうとう山梨FACTORYに現れた。
甲斐駒に日が沈む寸前だった。
「イイ景色じゃないか」
ヘビースモカーのジノは、
まだ雪がふんだんに残る頂に煙を吹きかけた。
「ありがとう! マイマウンテンだ、全部オレの庭さ」
最後の日差しにオレのハイライトの煙が黄金になった。
ドミニクが選んだ作品を説明している。



シシリー島出身のジノは、
埃を積もらせたFACTORYの隅まで粘り強く見ている。
「これも持っていく」
「いや、ワタシは撰ばない」
二人はイタリア語で自分の意見を言合う。
ドミニクがオレに
「ラフでセンシティブなあなたのOBJEはあなた其のものだ。
 モンゴルやサハラ砂漠やダラムサラにまで出掛けて
 創ってきたあなたの人生のコトバをもっと聞きたい」
と言い、
「ワタシのシゴトはアナタをキュレートすることは
 勿論だけど、MUDIMAでインキュレーションするのも
 シゴトだから」
と念をおした。

ジノはオレのスケッチブックにMUDIMAの平面図を描いて、
OBJEの配置を決めていく。
「オーイ、アーティスト!
 そこの小さな作品五個持ってきてくれ」
とジノは言いながら、
ここに置いてと自分で木の椅子を五個並べた。
オレも気が付かなかったがなかなかイイわい。
やっぱし出来るヤツはシゴトも速い。

大武川に建っている<風弦>を観にいった。
「お前のインスタレーションはすごく気に入ったよ」
ジノは満足そうに言った。
照れくさいが少し嬉しい。
「お前がどうして今まで大きな個展をしなかったのか、
 どうして今まで売らなかったのか」
シシリアンが不思議そうに聞く。
「キュレーターもいなけりゃ、
 インキュレートするヒトもいない地域で、
 オレは今までアンタ等が迎えに来るのを待っていたんだ。
 あんまり来ないから、
 オレが自分で迎えに行ったんじゃねぇか」
ジノが、オレが吸おうとしたハイライトと
自分のマルボロを交換しようと言う。



「労働者タバコは強いぞ」
と注意してオレは軽いマルボロを吸った。
「ストロングだが旨い」
ジノは相当のタバコのみだ。
「KUMA、もうひとつオレからの注文だ。
 五メートル×五メートルの作品を創ってくれよ。
 メロディのあるやつをな」
会期が一ヶ月早まった上にと思ったが
「ノープロブレム! 任せなよ」
ジノの肩を叩いた。
「よし、音楽が聴こえて来るような作品だぞ。
 それが加われば成功だよ」
オレの頭蓋には次の瞬間、アイデアが沸き起こり、
<La Campanella>が鳴響いていた。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-03-18-MON

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