クマちゃんからの便り

春一番

オレの作品に会うため2日間だけ滞在して
眠らずに帰国したJINO、DOMINIQUEはもうミラノに戻った。
暮れから断続的に続けてきた
山ごもりのゲージツ・ジカンから、
小洒落た青山での<支援パーティー>で
盛大な友情を受けたオレは、
近づいたミラノへ向けてまた走り出すのだが、
30点以上になるOBJE群を一個ずつ計量したり、
木箱に梱包したり、保険や、検閲手続きなど
海外へ運び出すにはまだまだ困難が続くのだろう。
大きなOBJEを創る前に、
頭蓋内をクールダウンして静かに整理するには
海に漂うのが一番である。
しかし、こんな時期の平日に
我が儘なゲージツ家を海まで運んでくれる者はいない。
疲れた頭蓋を抱えてKUMA'NETを紐解くと、
『そうだ!カミヤがいた』。
中卒のカミヤは、
12年前までオレのところで書生をしていて、
いつもオレをスクラップ場やスタジオに
車で運んでくれていた。
今はもう離婚も済ませ、立派に社会復帰して
自分のトラックで鉄を運ぶ仕事に就いている。
実直な彼は釣りをしないが、親方が釣りに行くとなれば
何を差し置いても海まで運ぶのが、書生の掟である。
仕事を終えて駆けつけてきたカミヤが、
オレの車を運転して城ヶ島の船宿まで一っ走り。
相変わらず運転が上手い。
「釣りが終わって帰るときまた連絡ください。
 迎えに来ますよ。釣れるとイイですね。おやすみなさい」
大人になったものだわい。
もうすぐ40歳になると言う彼は、ちょっと照れくさそうに
「最近籍をいれたオンナがいるんです」。
「ありゃー、また結婚したと? 意気地なしメ。
 新婚祝いに鯛を届けるよ」
「ありがとうございます」
カミヤは帰っていった。
注文しておいた古い船宿を見つけてくれた漁具メーカー
MISAKIの鏑木氏が待っていた。
部屋からは、城ヶ島の海を眺めるイイ雰囲気である。
茶を飲みながら鏑木氏と船長とで暫し釣り談議。
強い春一番が吹いていたが冷たい北風に変り、
夜中になってピタリと止んだ。
彼が戻っていった襖一枚隣の部屋から、
激しい鼾の春一番がはじまった。



日常のゲージツ・ジカンから抜け出して、
オレの頭蓋に沈殿している意識の底をかき混ぜ
沸き立った新しいエネルギーで
ゲージツに戻るのだ。
明朝は<一休丸>で丸イカか麦イカでも狙い、
それを生餌に大鯛でも狙うか。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-03-21-THU

KUMA
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