三崎は突風
船宿<そよかぜ荘>のガラス窓を横切る水平線に、
真新しい大きな陽が昇り凪いだ海に出た。
初めてのマルイカに挑戦。
春の強い日差しの中三時間あまり、
ひたすら130メートルの海の底を探り、
ゆっくり誘うのだが一回だけ手掛かりをみせたが
その後音沙汰なし。
カブさんも同じだ。
腕だけの問題ではなくまだ時期的には早かったかもしれない。
マルイカばかりでなくヤリイカすら反応がないまま、
船長があちこちポイントを走り回るが結果は同じである。
イカが獲れなくちゃ泳がせ釣りで大鯛すら狙えないまま
冷たい風が吹き出した。
「こりゃあ、イカン。マアジに切り替えよう」
カブさんの提案でそのポイントに向うと、
すでに遊魚船数隻集まって盛んに釣っている。
予定してなかったアジ釣りだから<一休丸>には
餌も積んでなかった。
他の船が撒いたコマセに集まったマアジのおこぼれを、
シモリ玉が付いただけの空鉤3本の仕掛けで
釣りあげるという魂胆である。
しかし、このセコイ方法はマアジに見破られて、
まったく当たりなし。
船長が無線で僚船に呼びかけて、
洋上でのギャング団のように受け渡してもらった
コマセ1箱の、
イワシのミンチ餌を網かごに詰めて80メートルに沈めた。
たちまちイカ竿の先に反応。
三〇から三十五センチの立派なマアジが次々にあがり32本。
風が本格的になってウネリさえ出てきたから帰港。
桜も四分咲きになっていた城ヶ島、
三崎の町に突風が吹き荒れて、
発砲スチロールの魚箱やチラシの紙が飛び交っていた。
風を避けて家の隙間に逃げ込んだ黒猫が振り向いた。
22年オレを見守る黒ネコ<GARA>の若い頃に
よく似た猫である。
大漁だったマアジはあいつの好物だ。
当分喰えるぞ、『ミラノまで生き延びよ』。
ガタガタ騒ぐ<そよかぜ荘>の窓ガラスの部屋で
メールチェック。
先日のパーティーに掛けつけてくれた坂田明や
大倉正之助から、ミラノにも参加したいとの嬉しい便りだ。
IZUMIさんや大勢の励まし。
返信を打つまもなく、風の中で眠ってしまった。
夜中起きて、五メートル×五メートルの構想を思案する。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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