真新しい季節
黒崎<井筒屋>三階吹き抜けの大壁画が完成した。
TOTOの小倉本社工場に通い、
毎日休むことなく大量の衛生陶器を生産している
ラインをつかって、
この世に一個しかない巨大な陶板を創ったのである。
釉薬をバケツごとぶちまけるわ、便所モップで叩きつけるわ、
次々と繰出す無秩序なゲージツ・インスピレーションに
身を預けたアクションの嵐を、
何食わぬ顔で自分の実験室に持ち込んではダミーを焼きあげ、
「大丈夫、イケマス」
と力強くサポートしてくれたTOTOの林博士との出会いは、
エキサイティングなものだった。
分厚い土の板、幾重もの釉薬、ネオジュウム硝子を乗せて
表面張力の緊張を保ったままの徐冷。
土に合わせオレのヒカリ組成まで分析して
大量の硝子を炊き上げる彼は、
いくつもの工業の特許を持っている工学博士である。
ゲージツと工学とのガチンコ・ボクシングだったのだ。
しかし、彼はハンデがあった。オレのゲージツが若し、
TOTOのトンネル炉を通過している途中で、
水蒸気爆発なぞを起こしたなら、
ラインはたちまちストップして
修復に一週間から十日はかかりトンでもない事態になるのだ。
今更ながら恐ろしいことである。
彼の指示通りに、延べ三百人の職工さんが動いて
4.5トンの巨大な大壁面を焼き上げたのだった。
彼らと呑んだ芋ジョーチューの本数は数え切れない。
<井筒屋>の大壁面の前に、
博士一派の職人たちも列席して除幕式。
モンゴル草原でもサハラ砂漠でもこれを纏って旅をしてきた
オレの皮膚である<KUMA’S FACTORY>の作業コートを
彼にプレゼントした。
ゲージツの強力なブレーンがひとり増えた九州遠征だった。
落成式で<ポイント>の社長タカミヤ氏と出会ったのは、
泳げないオレは余程、海に誘われるように出来ているのか。
誘われるままに倉庫と本社見学。
お土産に<シーボーグ400>を戴いたうえに
今度、<イシダイ>を一緒しようと約束。
何年か前まで高知の海で三年ほど挑戦して
とうとう姿を見たコトのない<イシダイ>である。
なかなかエキサイティングな九州・ジカンだった。
ミラノに送り出す最後のOBJEを創る時間も迫ってきた
山梨FACTORY。
遥か彼方フランスのDOMINIQUEから
マネージャーに励ましと作品の強い印象についての電話あり。
オレのゲージツについて山梨に来た時、
もっともっと訊きたいコトがあったけど
カタログにオレの作品の批評を書いてくれているという。
GINOやDOMINIQUEがどんな印象で帰っていったのやら、
MUDIMA美術館でのエキシビジョンが楽しみである。
しかし、<未来>なぞ予想することすら面倒なオレには
激しい<今>しかない。
遠征の合間に考えていたアイデアを、
思い切って中止にして春霞の山に篭って
ゲージツ・ジカンに集中、
新たなるOBJEの制作を開始した。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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