クマちゃんからの便り

いい温度の中で

大きなヒカリのアイディアを再現するまでは、
サイバーKILNの中で進行する膨大な徐伶ジカンが必要である。
いつもオレの鉄のOBJEのジダイから、
日本中どんなに遠くても運んでくれる
地元の高根運送の社長が手下のドライバー3人連れてきて、
サイバー・KILN脇に
一坪ほどのコントロール室を作ってくれた。
持込んできた住宅建築の残材のコラージュだから、
天井は硝子が嵌ったドアをそのまま使った。
「そんなことイイのけぇ」
社長はあきれていたが
「イイんだ。すでに雨風を凌ぐ屋根に覆われた
 FACTORYの中の小屋だ。明り取りにもなるし、
 天への扉にもなる」
オレの強行な主張を苦笑いしながら器用な運転手たちは、
夕方には完成させて
「いい小屋になったじゃん」
帰っていった。さりげなくて有難い人々だ。

MUDIMAへの最後の作品は鉄で創っている。
オレの場合、アイディアは偶然出てくることはない。
一見無防備にみせてけっこう用意周到なのだ。
ひとつひとつの記号が、そのひとつひとつの面と面が、
原稿用紙に文字を書き始める時の鉛筆と同じに、
オレが握ったプラズマ・トーチで刻み込まれた痕跡を、
三次元に溢れさせていくのだが、
掌を動かす前にオレの頭蓋内には
目指す方向へのイメージがくっきりとしている。
今製作中の五メートル×五メートルの鉄のOBJEは、
無数の記号を刻んだ十センチ角の鉄片百枚で埋め尽くされた
一メートル平方の鉄のフレーム二十五個で出来ていて、
ちょっと苦しみに満ちた描き出しはもううまく通過した。
固まっているアイディアに向かってあとはひたすら、
その最小単位の十センチの刻み込みに、
物凄い速度ですすんでいる。

MUDIMA美術館の館長GINOが山梨FACTORYに訪ねて来た時、
「お前のOBJEは自由なお前そのモノだ。
 しかし撰ぶのはワタシだ。
 美術館の大きな壁に新しい作品を創ってみるか」
と提案したのだった。
巨匠セザールやアルトマン等とやってきた男の前で、
残り少ないジカンの話題をしたくない。
「OK!そのコトバを待っていたんだ、オレは」
少し無理をしながら言ったが、
すでに頭蓋に積み重ねてあったアイディアのひとつを、
すかさず選抜していたのだ。
「よーし、楽しみにしている」
がっしりした骨格の上に載っている
白いヒゲに囲まれた微笑んだ顔のシシリー男は、
オレにさりげなく<勇気>をプレゼントしてくれたのだ。
異常なほどの気温上昇で
花が咲乱れてしまう季節にも後押しされながら、
FACTORYに篭ったままのゲージツ三昧である。
夜中のFACTORYにて独りパフォーマンス。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-04-12-FRI

KUMA
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