クマちゃんからの便り

東京ヴェドウィン

未だ見ぬ経文のような記号を
オートマティズムに刻み込む作業も終盤に近づいて、
治りきらない手の甲の火傷の上に、
またプラズマの火花が留まって再生したばかりの皮膚に
火傷跡が新しく増える。
ここにきて残り枚数が100枚と思って
数えなおせば200枚、
200枚を終えて確かめると400枚と
後から後から沸いてくるように増えていくような錯覚に陥る。
残りいよいよ600枚。
閉切ったシャッターの中でプラズマの火先を眺めて過ごす
頭蓋の回路が少し弛んできたようだ。

村の植木屋の軽トラに乗せてもらい韮崎駅。
砂漠縁で過ごすベヴェドウィンのように
アズサにて東京へ移動。
6年目に突入したゲージツ・バラエティー
<誰でもピカソ>の収録である。
本番前の板付き中、北野巨匠と雑談。
映画がクランクアップして
編集も終わりに近づいた巨匠は満足気だ。
オレはキタノ・シネマのファンで
<ソナチネ>が好きなのだが、
「今までで一番の出来なんだ」
ちょっと照れながらも確信を掴んでいるように言う。
文楽人形と絡みながら、美しい植物とともに季節は移り行き、
幾重ものキタノ・ワールドでヒトは激しく静かに死んでいく。
これはオレの勝手な想像だが楽しみである。
収録後、赤坂。6年目突入祝いに、
北野巨匠、渡辺満里奈、今田、伊東成人、
瀬崎プロデューサーらと、
主人の特性カラスミやチーズの燻製、
オリジナル料理でショーチュー。
重力1の中に生れ落ち、重力1の中で終える人生ジカン、
映画、ゲージツ、話は尽きなくオレは酔っ払っていった。
座長公演の今田は深夜の舞台稽古に向かい、
満里奈もチャーミングに酔っ払って
マネージャーと戻っていき、
巨匠も機嫌よくベントレーで消えた。



久々の巷浮遊に、高揚したオレの頭蓋の記号群が
増殖していたが、もう中央線の電車は終わっていた。
仕方なく伊東氏と飯倉片町<OPP>。またショーチュー。
タクシー券をもらって独り錦糸町駅。
生垣の路肩に座って始発電車を待つ。
若い頃、途方にくれて
取り残されたジカンを過ごしたコトがあった。
あれから随分時間も過ぎ、往ける所まで向かっている今朝は、
巨匠との話題の数々を記号の隙間にリフレインしながら、
5メートル×5メートル
<意識と存在のZEROPOINT>の仕上げを、
豊かに思案していた。

アズサで仮眠して迎えてくれた軽トラでFACTORY。
昼前には制作開始したオレの振り子は、
ゲージツ・モードに振っていた。
北九州の<井筒屋>の佐々木氏から届いた誕生祝いの
<合馬の朝掘り筍>に噛付く。
物干し竿の尻に噛付いた筍好きだった
深沢七郎さんを想い出した。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-04-17-WED

KUMA
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