クマちゃんからの便り

勤勉と酒

秋から春先までショーユ色の景色になってしまう
FACTORYの近辺の茶色いジカン。
裏の雑木が真新しい芽を吹き、虫や鳥の活動も盛んになり、
田植えが終って稲が自立するあたりまでの
柔らかい<木の芽どき>が待ち遠しかった。
毎年植物に合わせて四月になると、
不思議なコトにオレのスケジュールも活発になる。
今年はミラノ個展があるから尚更である。
ミラノへのOBJE制作の進行を調整しながら
江戸川区の製作所に通い三トンの鉄をつかって制作してきた
韮崎のライスフィールドに立てる<KAKASHI>は、
もう最終段階になって四月末の設置には間に合いそうだ。
ゴールデンウィーク明け、五月の風にゆっくり動く
大きな<風のKAKASHI>の出現に、
田植えに来た百姓さん等はたまげるだろう。
風で回る大きなプロペラに連動する
鏡面に磨いたステンレスがヒカリを放ち、
稲を狙うカラスやスズメを追っ払う。
秋には地元の子供たちが作った150体の案山子も並ぶ
<かかし祭り>。



作業服を着替えて青山に向かう。
ミラノ・コレクションで活躍している
<ANTEPRIMA>のSHOPが青山にも出店するというので、
日本で始めてのファッション・ショーが
青山スパイラル・ホールで開催された。
オーナー・デザイナーIZUMIさんの
ちょっとエキサイティングで、成熟したオンナの
エステティックな感覚が心地良かった。
華やかなオンナたちのパーティは、
ゲージツ三昧の汗臭いオレにはちょっと眩しすぎて、
ますます汗だくになる。

巷に浮遊すると久しぶりにアングラ・ジダイの
三十年来の盟友、小林薫と会った。
「今年六十だろう」
「そうだな。なんと今日じゃないか。よく覚えていたな」
「ムカシから十歳違っていた俺も今年五十になるんだよ」
「なにぃ、お前が五十男かい」
まだ高円寺の焼き場近くの掘っ建て小屋で、
その日暮らしで絵を描いていた頃だ。
「還暦でミラノかい、しぶとくやっているじゃないの」
後輩は祝いにスコッチの
シングル・モルトのボトルを買ってくれた。
強い酒を強いまま呑んだ。
「悪いねぇ。ジカンがあったらミラノに観に来てくれよ」
「また」

山に戻った。
久しぶりの雨音を訊きながら、
尖らせた鉛筆の先で紡ぎ出すようにして
状況劇場のポスターを描いていた頃の気分で制作続行。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-04-21-SUN

KUMA
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