クマちゃんからの便り

酒を慎む

先週末の嵐のような巷酒から立ち直って、
FACTORYにて朝から晩まで地味ながらも日がないち日、
無言の制作の日々である。
GINOのアドバイス、音楽のような大壁面。
オレのリズムとハーモニーの五×五メートルだ。
プラズマで記号を刻み込んだ鉄片2500枚。
その鉄片を一枚づつ貼り込んで
1×1メートルのフレームに100枚収める。
そのフレームが25個で完成である。
オレは今、鉄のミュージシャンだ。
風邪でちょっとふらつくが気持ちのイイ日差しの中で
独り作業をしていると、新作の 新展開をHPで知った
<田園工房>の片岡が、カメラクルーを伴ってやってきた。
NHKの<わが心の旅>という番組でフィンランド、
去年はBS番組でバリ島での制作もドキュメントしてくれた
彼は、まったく番組になる当てもないままに、
ミラノ行きに向けて動き出した一年前からオレの創作風景を
ビデオ撮影してくれているのだ。
持ち出しで撮影を続行してくれる彼には頭がさがるわい。
久しぶりにヒトの目線のなかでの制作で少し元気が出て、
はかどりやっと半分まで漕ぎつけた。



撮影終了後やっぱり調子が悪くてクルーの車で村に下りる。
村の唯一の医者<斉木小児科>。
ドクトルはオレの左の耳孔に
小さな器具のつっ先を差し込んで、
生暖かい弱い空気を吹き込んだ。
「気持ちイイじゃないか、よせやーい。何んだこりゃ!」
オレは飛び退いた。
「体温計だよ。鼓膜にあてた空気で体温を計るんだ」
ドクトルは体温計の新兵器を得意そうに手にしていた。
きっと、愚図る子供の体温を簡単に計れるように
開発されたモノなのだろう。
「そっちは鼓膜がない方だよ」
右に入れ替えた。なんだか妙な気分だ。
「ちょっと熱があるようだ。風邪と疲れだね」
点滴とニンニク注射を打ってもらいながら、
ドクトルの机にひとつ置いてある
<ご霊前>と書かれた袋に眼が留まる。
「ドクトル、医院に似合わないオブジェだよ」
「こりゃイケナイ。知り合いのお婆さんが亡くなったんで」
明日は朝からライスフィールドにKAKASHIを設置する。
片岡クルーは明日も撮影することになったのだが、
さすがのオレも今日は片岡クルーとの酒は控えた。
体調がもどったらまたバカ酒に付き合うさ。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-04-23-TUE

KUMA
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