クマちゃんからの便り

2002MILANOへのジカン・・・その後

朝六時三十七分千葉駅発のアズサは、錦糸町駅七時八分。
二時間ほどで韮崎だ。
これに乗ればFACTORYに着いて十時からシゴトを始められ、
いつもは朝八時から開始する朝型のオレとしては具合がいい。



平日のこのグリーン車の空間はオレひとりのことが多く、
たまに爺ぃ婆ぁの連れ合いが無口でモノを喰っている。
たった四十八時間ぶりに見る山の緑は、
図々しいほど濃くなっていた。
昨日の収録前にゲストの船村徹さんと雑談していて、
今までテンカラ鈎を一万本は巻いた彼は
フライフィッシングも好きでよく北海道へも行くのだという。
もう少し釣りの話しをしていたかったが本番で中断した。
フライフィッシングのフライは
あくまでも虫を模して具象的に巻くが、
山間人のあいだで蛋白補給に岩魚や山女を釣るために
工夫されたテンカラ鈎は、
場所によって黒か茶、白の糸でヤマドリなぞの羽根を
ちょっと巻いた程度の抽象的な疑似餌である。
何を模したか分からないシンプルな鈎で釣る
テンカラ釣りの方がオレはだんぜん面白い。
見え隠れする濃くなった緑に覆われた沢を見つけては、
演歌の巨匠が自分で巻いた小さなテンカラ鈎で
川を打ちながら<ダイナマイトが百五十屯>を
作曲している姿を想像していると、
山の藤も終っていよいよテンカラの季節になっていた。
掌がヌルヌルしていた。
ズボンまで落ちた血の斑点が
繊維に沿って増殖しているではないか。
袖の内側で拭き取った。
無意識に弄んでいた指先が発生源だ。
素手での仕上げ作業でササくれしかも深爪していたのだ。
通りかかる車掌や弁当や土産の売り子に
血を怪しまれないようにバッグで隠し、
止まらない血の指を口に咥えたまま韮崎駅で降りた。
迎えを頼んでおいた村の衆の軽トラの荷台に
真っ赤なツツジが積んである。
「これがら頼まれたドウダンツツジ植えに行くだよ」
オレはテンカラどころの余裕はない。



百数ページになるMUDIMA個展のカタログ用に、
FACTORYを撮影スタジオにしてOBJEの撮影である。
大きすぎるモノは<AKTIO>から
高所作業車をリースしなくてはならない。
オレがイタリアに渡って、抱えていった作品集を
直接フランス文化省ミラノ支局の
クリスチャン氏に会って見せ、
キュレターのドミニク女史が
MUDIMA美術館での個展を企画してくれたのが、
もう一年前になるんだぁ。
オレの初めての個展はJ-アートではない。
後ろ盾のないゲージツ家には、
先日の壮行パーティのカンパと、
ほとんどが自費のALL OR NOTHING。
失うモノといえば、才能と生命だけである。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-05-16-THU

KUMA
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