山のエン会
大掛かりな撮影スタジオになったFACTORYでは、
古い付合いの写真家・小川由司さんが機材を持込み
オレのOBJE群を撮影している。
MUDIMA美術館が制作するオレの個展カタログ用の写真である。
高所作業車まで持込んで床に並べた最後の作品を
俯瞰で撮ったり、小川さんが淡々とOBJEを捕えていく。
最低でも100kg大きいのは一トン弱だから
ひとつひとつが一々重い。
助っ人に頼んだ村落の男衆は田植えの合間、そりゃあ大騒ぎ。
ここまでくればオレの出番はただOBJEの順序を決めるだけだ。
「エン会だな、今晩は。八ヶ岳の鹿肉があるんだ。
ショーチューもあるし」
何日か前にもらった肉を祝祭に供出する。
「鹿は刺身が美味いだよね」
村のヒトが言う。
「駄目だ。今宵は焼いて塩コショーで喰う。
オレのショーチューにはそれが合う。
鹿肉の脂でモヤシを軽く炙ってライス代わりに喰うんだ」
オレはそうやって喰ったことはないが、
その方が祝祭らしくて美味いと思ったのだ。
村まで降りて活きのいいモヤシをダンボールで買った。
九時に今日の撮影終了、続きは明日朝にした。
真夜中の林に煙がたなびき、
闇のなかから大武川の水音に混じって
肉脂が焼ける音がしていた。
オレが大切にしているジンギスカン鍋で
男等が、鹿の肉を焼いているのだ。
オレの直感どおり少し炙り中はまだレアの鹿肉に
岩塩とコショーを好みで振ると、こりゃ美味い。
芋ショーチューもイイ酔いである。
真夜中過ぎて村の衆がひとり、二人と消えていく。
写真家も眠ってオレは独り、
冷たくなってきた川風に酔った頭蓋を冷やしながら、
美しいOBJE群をリフレインして
MUDIMA美術館の壁を夢想していた。
東の空が少し明るくなったから部屋に戻って
幸せに眠りに堕ちた。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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