クマちゃんからの便り

KUMA'X杯
 
いつから日本はこんなにサッカー・フリークスが増えたのか。
100円入れて船宿の小さなテレビを点ければ、
どこもかしこも出てくるわ出てくるわ、
ムカシからサッカーに熱狂してきたという
ウソ臭い男や女たち。
稼ぎ時はこの時とばかりに俄かキャスターや
レポーターどもがはしゃぐ
<W杯サッカー>のお喋りにはウンザリするわい。
7月になればまた、何事も無かったように
忘れてしまうのだろうが…。
 
オレにとっての21世紀最初の関心ゴトは、
9月12日からひと月間開催のMUDIMAでの個展である。
とは言っても出品のOBJE制作は終った。
また激しいショードーで新作に取り掛かるのは、
6月半ばからである。
PCや本など詰めたキャスター付きのトランクを転がして
海べりを流離い、頭蓋を海に漂わせ船宿でボンヤリするかい。
 
オレが創ったブロンズ像に大理石の台をつけた
<KUMA’X杯>がある。尊敬する南方熊楠にちなんで、
気まぐれに<クマグス>と名付けたのだ。
『Fishing is OKAZU of Life』。
今までは気まぐれに
仲間内5、6人の釣り大会でやり取りしていた。
<W杯サッカー>初日に、<KUMA’S杯>釣り大会を
久しぶりに開催することにした。
会長の気まぐれは変らないが、
今回から湘南地区のヒト等も参加して10人である。
鏑さんに審判になってもらい、
魚種はアジ、各自釣った中から選んだ
トップ5匹の総量で優勝を決めるというものだ。
サビキ仕掛けなぞではなく、
ミンチを詰めたアンドンビシに二本鈎、
90メートルの海底から30センチ級のアジを釣り上げる。
手返しよくやらなければ、
流線型の魚体は船縁まで上がってきても取り逃がす。
みんな初めての釣りを夢中になって楽しんでいた。
会長のオレはエントリー権なしだから、
右トモで独りひっそりマダイ仕掛けを垂らしていたが、
アジ場だから釣れてくるのは大きなサバやアジばかりだった。
やっぱり、抜駆けはイカンなぁと竿を納めて、
釣ったアジをナイフで開く。
一気に折ったサバの首背中にフードのようにぶら下る。
激しく吹き出す返り血を浴びてしまうから、
この作業はバケツの水に突っ込んでやらないとイケナイ。
血を抜いたスベスベの白い腹にナイフをつきたて割き
ハラワタを抜き取ってから開く。



船縁に並べて干し炎天と風を呉れてやると、
夏の日差しで、さっきまで海底を高速で泳いでいた流線型が
たちまち、海の展開図は乾燥してイイ干物になっていく。
オレがノンビリと干物を裏返したりしていると、
「ミラノからもどったら干物屋でもやるらしいぞ会長は」
フィニッシュが近づき
釣れ過ぎるアジに飽きてきた誰かが叫んだ。
「何言ってやがる、文無しで戻ったとしても
 ゲージツ家は変らんわい。今日はこれまでだ、お仕舞い」
会長は終了を宣言した。
みんなクーラーボックス一杯になっている。
鏑さんのと船長の検量の結果、
1.45kgで優勝した横浜の寿司屋職人が
KUMA’X杯の初代チャンピオン、
副賞には<misaki>高級カワハギ竿。
板橋区、墨田区、江戸川区など下町鉄工街を行き来していた
オレのOBJEでもあるKUMA’X杯は、
横浜の寿司屋に飾られることになったが、
やがて北海道や沖縄までも旅すればイイ。
オレは鹿児島のイシダイの海へ向かおうかなぁ。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2002-06-05-WED

KUMA
戻る