skyrocket
蛙好きのアップル・コンピュータ崇拝者が、
釣り好きのサンド・ブラスト屋を伴って来社。
彼等はアウトドア愛好者仲間らしく何処へ出掛けるときも、
ダッチオーブンという重 い蓋付きの鋳物鍋を携帯している。
丸まんまのキャベツやジャガイモと鶏肉、
ベーコンだけ入れたダッチオーブン鍋は、
焚火に掛けてそのままボンヤリしていれば
勝手に美味い蒸し料理が出来上がるという優れモノだ。
以前に何かの縁でアップル野郎にショーチューを奢ったら、
お返しにオレ用にと持ってきてくれた。
ゲージツで火炎をあつかい海に漂っているオレは、
わざわざアウトドアなぞには興味ないが、有難い道具である。
ブラスト屋が土産に持参してきた釣ったマダイを、
すでにオレのモノになった鍋で塩釜にした。
ホックリと美味い。
オレは刺身なぞ厚切りを二、三枚喰うだけだが、
マダイが初めて美味いと思った。
ビンボーのスガワラ君を呼んだ。
江戸川工場で創っていたOBJEを
高崎健康福祉大学に運ぶので夕方、アズサにて帰京。
創始者・須藤いま子記念館の
二十数メートル上空の屋根の天辺から、
二重螺旋のネオジュウムのヒカリが空に向かって上昇する、
六メートルのOBJEの塔だ。
ここは上州、空っ風の強い地帯だから、
片方の螺旋は風圧の負荷を軽くするため
風を逃がすカラ孔にして、
風向き加減でフルートの音が降ってくるように考えた
《skyrocket》。
前身が女学校だったせいか、
女生徒が圧倒的に多いキャンパス。
蒸し暑く動かない空気の中で
剥き出しの白い太ももが行き来する贅沢な景色に、
オレの眼はみっともないほど
宙を漂うばかりだったかもしれない。
こんなヘルシー過ぎる光景はどうにも堪らず、
高所恐怖症も忘れてオレも若い鳶の衆と上空に上がって
ボルトを締める。
OBJEと一緒なら平気なのだ。
広がる下界の田園風景に、
若い娘どもの脚もモヤシ畑になっていた。
宿に戻りちょっとテーブルが動いただけで
画面が荒れてしまう映りの悪いテレビで独りサッカーを観る。
チュニジア戦だ。
自信に充ちてデフェンスと早い攻撃に変るジャパンだった。
とくに中田英寿の身体ごと宙を飛んだ
ヘディング・シュートは、美しかった。
四年前のどこかオドオドしたジャパンとは
明らかに違っている。
観客の顔をアップで抜く画面をときどき入れたりしているが、
サッカーは野球と違いボール一個の移動で
二十二人全員の動きが瞬時に変化していく世界である。
コート全体の動きを、真上から撮った画面を使うと
それぞれのチームの考えが見えるのだが、
テレビ製作者はまだホームドラマのような野球の感覚で、
意味のない局部アップ画面に頼りすぎるワイ。
湾岸戦争のリアルタイムな攻撃目標のアップ映像で
全体が見えないことに慣れてしまったのか。
オレも高校まで、まだ<蹴球>といわれていたサッカーで、
他校との試合で一度も勝ったことの無かった
ゴールキーパーだったなぁ。
雨の中の試合で、シュートを捕りそこなったうえ
木のゴールポストに激突して、
目の前が真っ暗になって世界が一瞬消滅したものだ。
その試合にも負けたがオレの唯一の記録は、
木のゴールポストに勝って前歯で刻みつけた
歯の痕二本のみだった。
夜、理事長らとショーチューを呑む。
東京に戻る前に、誰もいないキャンバスで
もう一度skypocketを観る。
空を映し込んだ塔は曇天に溶け込んで、
藤色のネヲジュームが天に昇っていた。
キュレターのDOMINIQUEからEメール、
英語でオレのゲージツを解説した十五枚。
オレを世界で初めて正当に評価したのは、
サッカーで敗退したフランス人だった。
オレは着々と九月の
イタリアMUDIMA美術館に向かっている。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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