テッポウムシ
春先にから初夏にかけて大きめの実がなるのは花無花果。
それで終らないのが無花果の面白いところだ。
夏の終わりから霜が降りる頃までもう一度、
葉っぱの下に少し小さめの実がつくのである。
今年は芽吹き葉が茂り花無花果もなっていた。
今年こそ好物の無花果を蜂蜜や砂糖で煮て喰えると
楽しみの一つにしていた。
もともと川原の石が多い砂地だったアカマツ林は、
風の通り道沿いで樹が果実をつけるには
土壌や温度が低い。
空梅雨模様で雨が少なかったせいもあるが、
久しぶりに来て見ると葉は
枯れ落ち実のひとつ残っていなく、
オレの無花果の実は今年もまたもや全滅だったのだ。
若い造園屋が爺ィの手伝いを伴って
オレの林を整備しにきた。
「どうしただ、この無花果。樹は立派なんだけど」
若いのが言った。
「これ、鉄砲が入ってるだよ」
爺ィが根元に近い太い枝をつまんで呟いた。
「何だ鉄砲って」
「テッポウ虫だ。
美味い樹を分かってるから喰っちもうだよ」
爺ィは足元の針葉樹の
葉を拾って小さな孔を突付いている。
木屑が溢れ出し
「ホラ、いたいた、こいつがみんな喰っちもうだよ」
カミキリムシ類の幼虫だ。
枝はその箇所から簡単に折れた。
樹皮一枚だけ残して中を自分の寸法に合わせて
すっかり彫刻して棲んでいたのだ。
「あっ、ここにもへえってる」
爺ィは次々とテッポウ虫の孔を見つけて穿っては
幼虫を殺していく。
「これじゃぁ、栄養が回るはずないよな。
爺さん、枝を切っちまって
挿し木で新たな 無花果の樹を作ってくれよ」
と頼んだ。
「ああ、それがイイだな。
家のイイ土で苗木にして持ってくるよ。
無花果が色づいて甘くなると
スズメバチも、アリもみんな喰いに来るだ。
ギャアギャアなんかも好きで飛んでくるだよ」
ムクドリのことをこの地方では
鳴声をそのまま呼び名にしている。
「ヒヨドリと違って、
ギャアギャアは喰っても
脂っぽくて美味くないだよ。
もともと渡り鳥だったけど、
いつの間にか美味いものがあるから居座っただねぇ」
アカマツの梢でギャアギャアが騒いだ。
あんなにあった花無花果の実が、
一個も下に落ちてないのは林を飛び回っている
ギャアギャアの仕業だったのだ。
オレは手ごろな石礫を拾って上を狙って投げつけたが、
当たらず飛び去るときに揺れた枝から
松ボックリが一個落ちてきた。
爺ィが家に電話して、シゴトを頼むと
あっちが痛いこっちが痛いと文句ばかり言う
八十二歳になる彼のオッカサンに
「家の無花果を煮てくりょう」
と頼んで、お茶の時間に即席で煮て貰ったものを
トラックで取ってきた。
点滴を打ちに来る老人の社交場と化した
姥捨て病院に送り込んできたと言う。
テンテキビョウインへ通っている
オッカサンへの愚痴を聞き流しながら
無花果煮を喰 った。
八十二歳になった彼女が作った
無花果煮の味は引き算した甘さだった。
まだ生き延びようとするオレ等を
嘲笑っているようにも思えた。
ニッポン上陸を狙って北上する台風の海に向けて、
オレのOBJEを積んだ船は一日早く
夜の大井埠頭を離れた。
もう引き返すことは出来ない。
その時間をオレは山奥のFACTORYで、
テッポウムシのように息を潜めていた。
極東からヨーロッパへ逆マルコポーロの海路は、
揺れが激しくコンテナの中で
荷崩れしたりすることもあるという。
しかし、今さら息を潜めたところで息苦しいだけ、
どうなるわけでもない。
平時の腹式呼吸に戻して深呼吸。
無事にミラノに辿り着き、
九月十二日のMUDIMA美術館初日を迎える事を
願うばかりである。
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