まだらボケ
ゴーカなカタログと
インビテーションの印刷が美しく出来上がって
MUDIMAから届いた。
MUDIMA美術館での個展準備で、
オレのミラノ行きも一ヶ月をきってしまった。
海路向かっているOBJE群のジェノア港到着に合わせて、
オレは空を飛ぶ。これからが待ちに待ったミラノである。
このところ引き篭もり地味な日々で、
六十枚ほどの小説を書き上げた。
ムカシ、状況劇場で舞台美術を担当していたのだが、
久しぶりに座長の唐十郎氏や四谷シモン氏らと
ある会で一緒した。
頭に白いモノやヒカリが増していても
相変わらずの情熱たちと大酒を呑んで楽しい夜だった。
キープボトルのショーチューが残り少なくなって、
大きなデカンタに四十五度のイモジョーチューを
計り売りにして貰い、アングラ呑みになっていた。
酔っぱらっていたのか、
バーテンがはっきり注意しないのがイケナイのか、
オレ達は二十五度の一升壜から酒を注ぎ、
水割りのつもりで
デカンタの液体で割って呑んでいたのだった。
どうりで気持ちイイはずだ。
ショーチューをショーチューで割っても匂いは同じなのか。
どっちにしてもハナッからオレのは嗅覚はないのだ。
それに気づいた座長から注意があったが、
すでにアルコールは頭蓋にまで回って
みんな〈まだらボケ〉状態だった。
座長も酔っぱらっていて、
迫っている秋の公演で高揚してたのか粗筋を語り始めていた。
オレには虹が大事なヴィジュアルだと直感して、
「それはスペクトルだ」と叫んだらしい。
しかも、正四面体に削った硝子で虹を創るんだとさえ
断言したと言う。恐ろしいコトだ。
小説を書き終え自分のカタログを眺めていると、
唐さんから電話だった。
「ガラスの魔術師・虹の仕掛け係・KUMAってどうだい」
と得意気な声だった。
チラシを入稿しないと間に合わないからと、
オレの返事を待たずに電話が切れた。
なんてこった。
また厄介なコトを背負い込んだわいと思いながらも、
ゲージツ・タマシイがさっそく、メモ図を描いていた。
屈折率、入射角、正四面体。
一五、六年ぶりに赤テントの舞台に
オレが見事な虹を放射してみるか。
オレの今年はグンニャリしている夏はないのだ。
往けるところまで往ってみるオレの御縁というもので、
ミラノもアングラもゲージツ家には一緒である。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
|