クマちゃんからの便り

暑い時はより熱く

お盆にはいっても亜熱帯の温度が列島を激しく襲っている。
石屋はお盆前がかきいれ時で、
だいたい九日あたりから盆休みになる。
分光するプリズムに硝子のカタマリを削り出そうと企んだ
ゲージツ家のショードーは、
盆休みさえ味方にして抜け目なく
石屋の時間割にぴったり合わせ
硝子のカタマリを先に送っておいたのだ。
石切り場は山のしきたりに従い
長い盆休みに入った高松の牟礼は石工の町だ。
ここに来たのは三年ぶりだが、
遍路の札所も屋島も石の山も変っていない。
しかし還暦過ぎの親父たちは胃袋を取り除かれ、
娘らは町へ嫁に行き、
若い石工の嫁には赤ン坊が生まれていた。
八十をかるく過ぎた婆さんが、
畑の茄子をもいでオレに飯を作ってくれた。
誰もいない若い石工のガランとした工場に行き、
大きな切削機のスイッチを入れる。
水を飛ばしながら回りだし、
安定した回転になった直径1.5メートルの丸ノコで、
三角柱を削り出す。
全身から汗が噴出しだす。
思い切って、高松まで出掛けてよかった。
やっぱり現役の生産装置の現場は確実だわい。
墓も繊維や農産物と同じように、
中国など安い人件費の国で製作されるようになってきて、
石工も段々少なくなっているという。
研磨作業を二〇年やっている婆さんふたりが手伝いに来た。
削り出した三角柱の一面ずつを、
オレの指示通り分光するためのプリズムにしていく。
初めて硝子という物を磨いたという
墓石研磨の熟練した掌を持った彼女らは、
いくら4,000番の研磨番でやっても
最後の薄い曇りが消えないと不満顔だ。
墓石と硝子は仕上げのバフが違うのである。
「仕上げはオレのFACTORYでやるから」
と言って納得してもらう。
歪んだプリズム、正四面体のプリズム、荒ぶるプリズム、
五個の違った三角柱が出来上がる。
盆休み返上で、TOTOの林博士の部下に
作ってもらっているオリジナルの光源は、
10Wながら強烈なヒカリだ。
放熱装置をモーターなどで加工しなけりゃな。
虹は一応七色と言われているが、
モンゴルの草原で、マンハッタンで、北海道で、
夢の島でと眺めたが、
名前のない中間色もあって色調が連続的に変化していて
確認しているうちに消えてしまったものだ。
マ、ニュートンが七色としたのは、
音のオクターブ理論に一致させたくて
むりやりに七色と言ったのだろう。
それにしても光学も面白い。



ゲージツ家は、盆暮れ関係なく
生産ラインにも相変わらず浸入しているのである。
夜、赤ん坊から爺、婆まで
散らばっていた四世代が集合した石工の家のゆうげは、
焼いてから煮付けたマナガツオ、焼いたウナギ、
畑のものなどが膳に並んで、にぎやかだった。
オレも俄か家族になり、ショーチューもよばれた。
懐かしい魚の濃い味。
ウナギは関東のプリンみたいに蒸してから焼くのもイイが、
直接焼く香ばしいウナギも嬉しいものだ。

そろそろOBJE群はイタリアの港に着く頃だ。
通関手続きに少し時間がかかり
MUDIMA美術館に陸送されてくるまでに、
<荒ぶる虹>の発射砲を赤テントに届け
オレは先回りするのだ。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-08-13-TUE

KUMA
戻る