クマちゃんからの便り

MILANOに着いた記・・・1

回目のMILANOは、
いよいよ十三日から始まる
MUDIMAでの個展のためだ。
<最後の晩餐>がある
サンタ・マリア・グラツィエ教会の近くにとった
長期滞在者用 のホテルの離れは、
大きな葉っぱの樹に囲まれた静かな部屋だ。
飛行機で眠った所為か眠くない。
酒の力で眠るのも性に合わないし、
眠るために布 団に入るのはガキの頃から嫌いで、
バッタリと倒れ込むのと同時に眠りに堕ちるのが
習慣になっている。

そうして四時間も眠れば
十分な身体になっていたのである。
この体内時間は釣りの時にも発揮しているのだ。
窓を開け放して明かりの全く見えない夜を
黒雲が走っていた。
ティシャツでは寒いくらいの風が、
大きな葉っぱをザアザアと鳴らしている。
森青年と約束したフィクションを書いていた。
明け方には雨になるぞ。
明日は明後日からのOBJE設置の業者との確認だけだ。
ここまで来てもうやり残 したことは何もないから、
雨が降ろうが、雪が降ろうが余裕の一日になる。
しかし、今までの人生でそんなにすんなりと
予定に調和するようなことは一度もなかった。
辺境の砂漠やモンゴル大草原を遊牧する人等と
何とか上手くやってきたのと違って、
初めて都会の人々と総重量十二トンもある
OBJE群を設置するのである。
これから先、オープニングまで油断はならないが、
オレには大きな声と体力だけは 残されている。
何とかなるさ。


幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風ふきました
サーカス小屋は高い梁、そこにひとつのブランコだ
見えるともないブランコだ
ユヤアアン ユヨオオン ユヤユヨオン

うる覚えの詩が頭蓋を過ぎった。
そうだ、オレはいつだって
アイアン・サーカスの 通過者なのだ。

今夜ここでのひと盛り 今夜ここでのひと盛り

曖昧なフレーズを繰りかえしていた部屋の電話に
パソコンを繋ぐが通信不能。
歩いて十五分ほどの大聖堂の近くにある
インターネット・カフェまで行かないとダ メらしい。
デジタルな道具を使うために、
電話の蛇口までトボトボと何キロかを歩いていくと
ころが、お洒落な芸術の都らしい。
その点では砂漠や草原と変らないではないか。
ホ ッとした。
何時間か眠って朝五時、
すでにオレの身体はミラノ時間に合っていた。
予想は外れてまだ雨にはなっていないが、
水分を含んだ霧のカタマリが時々通り過 ぎていく。
昼過ぎ物凄い雷鳴が轟き、
そして垂直な雨が葉っぱ屋根を打つ。
天変が好きなオレをミラノの空も歓迎しているわい。




『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-09-10-TUE

KUMA
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