MILANOに着いた記・・・2
まだ土砂降りは続いていた。
パソコンの具合が悪い。
何処に持っていってアクセスしてもジャパンには繋がらない。
こうなると、デジタルはサハラ砂漠の鉱石
<砂漠のバラ>以下の単なる箱になり、
数十キロ向こうの人のところにも
ひとッ飛びしたモンゴル馬の方が回線より確かである。
搬入の朝、タクシーにてMUDIMAへ。
半年振りのジノ・デマッジョと
担当のジャン・ルカが迎えてくれた。
ティシャツの大男等が四人で、
重機もなく四苦八苦しながら力技で
オレのOBJEの箱を
トラックから降ろしている最中だったから、
オレはジノを伴って美術館の入口に並んで一礼、
寒川神社で御払いしてもらった酒と
土を神主に教わった作法で撒き清めた。
まだ降っていた雨が止んで陽が射したから不思議だ。
オレが過ごしてきたゲージツ・ジカンを還暦を期して、
自らヨーロッパの地に晒すことを決心してから、
マルコ・ポーロの逆コースを辿りここに着くのに
三年も架かっていたのだ。
ただ創るだけならジャパンでも過ごせる。
しかし、今となってこんなショードーに対処するには、
もっと激しくタフな情熱と体力とゼニが要ったわい。
しばらくシミジミした気分でハイライトをふかし、
ミラノの酸素を吸い込んだ。
一トン弱はあるOBJEの梱包箱を前に
業者の厳つい男達はまだ額を寄せ合っていた。
『ヒカリや鉄をなめるんじゃねぇよ』と思い、
口出ししそうになりながらも心穏やかに
彼等の仕事を眺めていると、動き出し、
長い棒を差し込みテコにし、
鉄パイプを敷いてコロにしはじめた。
何とか降ろし美術館内に運び終わった。
『よしよし、一個一個手仕事で丁寧にOBJEを扱うのなら、
時間なぞまだたっぷりあるぞ』
ジャン・ルカが指示した位置に
ベースを設置し終わったのは午後一時を過ぎていた。
いよいよ、《カゼノハハ》が入っている箱を開ける。
まだ眼にしていなかったジャン・ルカも業者等の前に、
最後のボルトナットを引き抜いて
五〇〇kgのカタマリが中から現われた。
初めて観るヒカリに一言も発っせず、
一瞬も二瞬もただ静止したまま眼を見開いていた。
彼等の目にジャパンでは受けたことのない光を見た。
よかった。
オレは目の前のこの瞬間でこの数日間の憂鬱もすっ飛び
今回の全てを見たのだった。
トランクに忍ばせて持ち込んだ、
四国牟礼の石工にもらった石を吊るスリング
(吊りベルト)を出し
創るときの吊り位置に巻いた。
男等がまた動き出す。
手動式のリフトのアームスパンが足りないのを知った彼等は、
急遽もっと大きな道具を取りに戻ることになり
今日のOBJEを積んで来た
トラックのバッテリーがあがっていたから、
別のトラックに積んできた大型リフトで作業が早くなった。
今回オレのカタログをMUDIMAが制作し
送って呉れた新聞社や評論家や画廊などから、
すでに数件問合せがあったと、
ジャン・ルカが嬉しそうに言う。
嬉しいのはオレだ。
床屋から戻ったジノ。
デマッジョがカゼノハハを観て
「ファンステック!」と両手を広げて言った。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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