クマちゃんからの便り

荒ぶる鬼

TUCCHYとMUDIMAの中庭で
昨夜の嵐のような成功をシミジミ味わっていた。
「僕はこういう展覧会をヨーロッパで
 十年近く観てきたけど、個人の個展に
 あんな凄いコレクターや評論家とかが
 集まってきた昨日はやっぱり特別でしたよ」
「昨日の夜は少し面喰らったけど、
 歳喰ったシンデレラボーイの翌朝は、
 何だか今までと違ったエネルギーに
 充たされていたわい。
 でも、ここに持ってきたOBJE群は、
 オレの過ぎ去った六年のジカンだ。
 次はもっと激しいゲージツにしてみせるさ。
 そんなオレを支えるのは、やっぱしゼニだけど、
 オレはそのことでコレクターに
 にじり寄ったり勘違いするほど若くないんだ」
「KUMAさんは僕のヒーローです」
ムラーノ島の若いマエストロであるTUCCHYは、
生真面目な顔で言う。
「きっと来年は再上陸して、
 まだ誰も観た事のないゲージツを創る。
 そん時はヨロシクな」
「通訳でも運搬でも何でもお手伝いします」
オレたちが過ごしていた二時間、
オレのOBJEを丁寧に見ていた中年男が、
話し掛けてきた。
「間違っているかも知れないけど」
と前置きしてから、使っている無数の
鋏の意味や、鉄や硝子について自分の感想を話す。
TUCCHYが訳す。オレが喋る。男が話す。
「産まれてきたオレがこの世で呼吸した瞬間、
 オレの頭蓋から世界が始まり、
 空間は無垢の硝子や鉄のなかも
 宇宙の果てまでも続いているんだ。
 だから生きているジカンさえもが空間なんだよ」
ここまで言ってクソをしたくなった。
「TUCCHY訳しといてくれ」
戻ってみると彼はもういなかった。



「あの人は彫刻家らしいです。
 力に溢れた彫刻と過ごせてよかった、
 次に会える時を楽しみにしていると
 伝えてくれと言って帰りました」
すると北野巨匠が現われた。

「大盛況だったらしいね、おめでとう」
握手した。
ちょっと照れ臭さかったけど、嬉しくて胸が熱くなった。
十七で家出して以来涙なんか見せてなかった。
「お前は泣き虫だから、
 東京に行ったらもう泣くんじゃない。
 困った時は自分の手を動かすんだよ。
 そしたら色んなコトが始まるからね」
と言いながら自分が泣いていた
オフクロのコトバを思い出した。
オットト、イケネェ。
MILANOでは何度も熱いシーンに出会ったが、
涙はオフクロを見送るときまで取っておくんだ。
巨匠、マリナ、
今田とOBJEを見て回る
<誰でもピカソ>の収録が終る。
<KITANO>の大ファンであるジノもドミニクも、
ジャンルカも、エルマンも、
その他のヨーロッパ人等が北野武巨匠を見詰る
みんなの目がハートになって、
一緒に写真を撮る切っ掛けを待っていた。
ジノはニューヨークから呼び寄せた
二人目の嫁との間に出来た娘を、
巨匠と写真に撮らせたいようだ。
映像の勉強中の彼女も大ファンらしい。
タイトなスケジュールで疲れていた巨匠は、
いちいちそれに応えてくれた。ありがたい。
本当に<KITANO>が現われて、
オレの株も一段と上がっていた。



巨匠や森社長、伊従君、瀬崎プロデュサー、マリナ、
今田、みんなでチャイニーズへ。
赤いワイン。モヤシ炒め。春巻き。
「オレ、これからコレクターの家にディナー誘われて、
 ゼニの話しに行くんだ」
と巨匠に言うと
「上手くいくとイイね。油断なく」
彼は映画制作で海外のディーラーと闘って来た
経験話で送ってくれた。
「今度イタリアで、俺とKUMAさんや
 TUCCHYやアーティストが集まって
 一大出来事をやらかそうか」
と夢のようなコトを語る。
本当にそんな時がきたらイイなぁ。
コレクターの家はバカデカだった。
ゼニの話はオレは関せず、ナルセ孤軍奮闘。
しかしサポートにOGINO夫妻、エルマン、
森繁嬢等が強い味方だ。
誰彼かまわず御婦人とみる抱擁するオレに
「それはオレの女房だ」
「彼女は俺の恋人だ」
と声がかかる。
知ったことか、名札でも下げておけと思ったが、
外せば同じことか。
オレがディナーと高いワインで酔ってる間、
大きなOBJEが四つも売れていた。
ナルセが持ってきていた
青い絵の具とマジックでカタログにしたサインが、
勢いあまって白い大きな壁まで延びて、
おまけに絵の具をワシ掴んだ掌でペインティング。
「グラッチェ、イイ作品だ」と主は大喜び。
「サインは高いけど、今晩はサーヴィスだ」。
オレは編み物やボタンをつけるのが趣味の小心者だが、
物質を持たせると金棒を振り回す荒ぶる鬼になる。




『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-09-20-FRI

KUMA
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