着々と
コレクターからの引き合いや問合せが増すと、
無関心だった面々が急ににじり寄ってくるものだ。
自分でも信じられないほど熱かった
オープニングが明けてたら、
オレのゲージツダマシイの頭蓋内は
意外とクールになっていて、
ロケバスの移動中でも、
これから再開する激しいゲージツの
新しいイメージやアイデアの手順を
ひたすら深めようと整理していた。
ジャパンに戻って、何が必要でどれがいらないのか。
オレのゲージツは、
小心と大胆が入混じった
土方仕込みのタフネスな筋力が支えなのである。
それらがシンクロして出来あがった
OBJE群の溢れる生命が、
イタリアのコレクターたちの気に入りなのだろう。
このゲージツ(人生)スタイルを変えるつもりはないし、
もう変えようがないのである。
しかし、マリナや今田は
「東京で見ていたKUMAさんと何か違う」
とオレをからかう。
ダヴインチが設計した運河は
ミラノ郊外でもとうとうとした豊かな水を宿していた。
昨夜は、畔の二つ星レストランにて、
ミラノ版アートバトルを終えた
KITANO巨匠らとオレ達の〈最後の晩餐〉だった。
地下にはトンでもない量のワインセラー。
KITANO巨匠の大ファンだという主は、
埃を積もらせた一本を抜出し
「KITANOが産まれた1947年のワインだ、
今晩はこれを飲んでいただく」。
ラベルは忘れたし、店の名前も覚えていない。
イタリアのスパークリングワインに
エビとキャビアの前菜。
巨匠はオレの大成功に乾杯してくれた。
ズッキーニ入りのサフランのリゾットと、
これにピッタリの赤ワイン、
メインは牛の煮込みに1947年の赤ワインだ。
ワインにも喰うことにも無頓着なオレでも、
もう黙ってしまった。
長い沈黙を破って身体に浸透してきた
官能的な液体をオレは知らない。
仕上げは息子が作った
洗練された甘味に合わせたデザートワインだった。
朝八時、メキシコに渡る巨匠は
<最後の晩餐>の壁画をこじ開けさせた。
オレたちだけで、
一人の女修復師が二〇年の歳月をかけて
再生させた壁画をゆっくり眺めた後、
彼はヘヴィーな旅に出発したのである。
「お陰でいいジカンを過ごせました。ありがとう」。
夕方まで残った三人でミラノ街歩きをロケ。
ちょっと抜け出してMUDIMAへ。
ジノ・デマッジョやジャンルカと、
これからの個展のことや経済的条件を
ジッピーとナルセを従えて、
KITANO巨匠や森社長、
村上隆もEメールでの
くれぐれも油断なくとの忠告を守り、
入念にしっかりと相談した。
実際厄介な問題もあるが
ジノ、ジャンルカが親身になってくれた。
夕方五時最後のロケが終わり
〈十月六日午後九時から
十二チャンネルのスペシャル番組〉、
彼等も慌しくジャパンに戻っていき、
六時に約束のコレクターが現われた。
先日の少女アミーナが現われて
お気に入りのV−circleに登って遊んでいた。
パッセンジャーもちょっとだけ疲れてきたなぁ。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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