スッテンテン
まだクソ寒むかった今年の三月、
約ひと月間篭った山梨FACTORYのジカンは、
プラズマ・トーチの青いヒカリで
五メートル×五メートルの<La Campanella>を創った。
オレの新しい方向を確実に掴んだジカンだった。
MUDIMAでのエキシビジョンでは勿論、
KUMABLUEの巨大なカタマリや鉄のOBJE群も評判だったが、
メインの壁面ではその<La Campanella>が
イタリアの目玉にオレの企みどおり、
海路ジカンを味方に<鈴の音>の
二酸化音を奏で続けていた。
ミラノを離れる前夜の晩メシで
「成功あらためてオメデトウ、俺も嬉しいよ」
GINOがワイングラスをオレの
グラスに当てながら言った。
「ありがとう」
「でもこれはデビュー戦だ。
これからは日本でもそうだが、
こっちでも発表していかなくてはナ」
「うん、もちろん次のやり方を考えているんだ」
「山梨FACTORYでまた開始する
ゲージツの新しい情報をメールなどで送ってくれよ」
来年また砂漠のように、大草原のように、
オレは極東からイタリアに出掛けて
大きなOBJEを制作するだろう。
打ち続けるのだ。
連打!連打!連打!オレはノーブレスで打ち続ける。
「GINO、アンタがわざわざ山梨のFACTORYまで来て、
オレという才能を評価して挑発してくれたから
あの<La Campanella>が出来たんだ。
マ、この年になって身銭を叩いて
出掛けて来たのはオレだけど、
デビューのチャンスを作ってくれたお返しに
<LaCampanella>をMUDIMAコレクションに置いていくよ」
「本当かぁ?いいのか…」
GINOはちょっと照れくさそうにした。
オレの方向を定めた方法論は
頭蓋内に明快に刻まれている。惜しくはない。
また十月になったらサイバーKILNも始動するし、
ゲージツの再開である。
どうもいつものことだが
クソ寒い季節に向かって激しくなっていくようだ。
ミラノでの収録でアートバトルの審査で参加したGINOも
「面白いテレビプログラムだ」
と言っていた<誰でもピカソ>、
帰国最初の収録だった。
いよいよ来週金曜日九時からミラノでの収録、
つまりMUDIMAでの個展の様子が放送される。
まだ時差ボケが残っているのか、
変な時に眠くなるわい。
酒のスピリッツでジャパンタイムに戻るのだ。
文春の森青年にケイタイ、
<OPP>でウィスキーハイボール。
小説の話をしているのだがやっぱり眠い。
そこに漫画家の黒鉄ヒロシが美女を連れて入ってきた。
きっと銀座クラブのマダムだろう。
ラッコのオヤジみたいな顔をした漫画家は
いつもイイ女を連れている。
丁度スコッチが空いたときだった。
「大成功だったんだってね。おめでとう。奢るよ」
と気前がイイうえタイミングまでイイ。
あいつはムカシからそうだ。
騎手を乗せた馬の鋳物の栓がついた
高そうなバーボンが届いたのだ。
「坂本竜馬の漫画が売れてるな、先輩」
「俺の方が後輩だよ」
「いや、アンタはムサ美にいる時から
ゼニ稼いでいたじゃないか」
「でも俺の方が下だよ」
オレは黒鉄ヒロシがムカシから
メジャーだったから先輩だと思っていたが、
ちょっと下だったらしい。
森青年にタクシー券貰って帰った。
イタリアから戻ったものの、
今のゲージツ家はスッテンテンだから、
年上も下もないわい。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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