秋のFACTORY
強烈な台風が襲った房総や三崎の船宿に電話した。
突風で雨戸と一緒に戸袋まで持っていかれたり、
網や漁具まで海に飛ばされて後片付
けで釣りどころではないらしい。
二、三日海の底も荒れていて
釣りにならないだろうという。
台風一過の快晴をすっかり諦めたつもりが、
未練がましくキヨスクで<つりニュース>を買って
アズサに乗り山梨FACTORYに向かった。
海の情報を読みながら、
反対に秋めいてきた山に向かっていく
頭蓋内に広がる海は、
蒼く豊かに澄み切っていた。
大月辺りまでは、刈りいれが済み天日干しの稲穂が
台ごと倒れて、
百姓が総出でで立て直している。
山梨に向かうほど被害は少ない。
この天変もオレをゲージツに向かわせるための
試練なのだろう。
それにしてもカワハギがそろそろだなぁ。
ヤリイカもいいねぇ。ワラサか。
タイ狙いもあるな。ヒラメはしばらく待とう。
いろいろ巡らせているうちに韮崎に着いた。
FACTORYの熱くなっているトタン壁に
大カマキリが日向ぼっこ。
松林には聞き慣れない冬の渡り鳥の声。
さあ!始めるか、と意気込んだが、
しばらく留守にしていたFACTORYは埃だらけだ。
もともと埃っぽいが、
昨日の台風が吹き込んでコンクリート床に水溜りだ。
まず掃除。これがまたちょっとオオゴトだった。
シゴト開始は午後になって、
MUDIMAに持ち込んだ<La Campanella>の
ヴァリエーションを創り始めた。
やっぱし、このジカンがイイんだなぁ。
搬入とか締め切りがあるわけではないから、
葉巻を咥えながらイイペースでやっていた。
プカプカと葉巻の煙で気持ちが落ち着くワイ。
東京と往ったり来たりだが、
今月中に大きい小さい取り混ぜて
五、六点創るつもりである。
暗くなっていた。外
は快晴でもけっこう山の日陰は冷え込んでいる。
本格的に寒くなってきたから止めにした。
すぐにまたクソ寒い冬になるのだ。
まだまだオレのゲージツは筋肉に頼らねばならないから、
全身を我流でストレッチしたあと、
久しぶりに<嘘礼>をゆっくりと吹く。
キュレターのドミニクから
「個展の評判は相変わらずイイ。
他の場所での計画もある」とのEメールがあった。
こうなりゃ、オレは一気呵成に何処までも
往ける処まで往ってやるぜい。
水嵩がましてゴウゴウと煩い大武川の奔流の音。
ヴェネチアのTUCCHYに、イタリアで一ヶ月ほど
オレの制作作業を出来るスペースを探
してもらう相談をメールする。
彼はヴェネチアンガラスの若いマエストロで
心強いヤツである。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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