キノコの秋
奇跡的なミラノ・デビューから山梨FACTORYに戻ったら、
すっかり秋になっていた。
朝晩はもうストーブは欠かせない。
ミラノ・ジカンで拡散していた集中をまとめながら、
そのまま山ごもりでまた新しいゲージツを再開している。
鉄片にオートマチズムの記号を刻むプラズマの
強烈な紫外線が、オレのゴーグル越しの眼を焦がす。
原子がまとまって分子になるように、
オレの記号が無数集合してシンボルになっていくのだ。
気分転換に甲斐駒の頂を眺めながら
ジョボジョボ放った立小便を、
吸い込んでいくアカマツの落葉の落下地点を掻き分け、
茶色くちょっとぬめらせ
立派な直径六、七センチの傘がのぞいている。
オレは慌てて小便を済ませて仕舞込み、
林を透かして見るとあっちこっちに
キノコが居るじゃないか。
そういえば去年の今頃、オレの林でこのキノコを見つけた
迎えのタクシードライバーが、夢中で七、八個獲って
「これはホウトウ鍋に入れるとうまいだよぉ。
貰っていいかい」
と少し興奮気味に言った。
「早い者勝ちだよ。どうぞ」
と言うと喜んで持ち帰ったキノコである。
呼ばれた地元の百姓宅の婆さんが作ってくれたホウトウにも
入っていたのを思い出したが、名前は忘れちまった。
うどんに入れたならシイタケより、
マツタケなぞより数倍美味く、
武川村では重宝される貴重なキノコだ。
それ以来オレもこのキノコが入ってないホウトウなぞ
<ホウトウうどん>と認めないくらいである。
去年より確実に多い。
オレはスーパーの袋を持ち出しキノコ狩りした。
袋いっぱいに獲れた。
ミラノで毎日呼ばれたディナーで、
少し喰いすぎとワインの呑み過ぎで増えた体重を、
粗食山ごもりのゲージツで落としつつある今、
こんなキノコでホウトウなぞ作ったら
必ず喰いすぎるに決まっている。
そうだ、ビンボーの子沢山・スガワラ君がいるわい。
彼は井戸掘り調査で山に入ると、
山菜とかキノコを獲って来て家計の足しにしている
から詳しいのである。電話した。
「袋いっぱいのキノコ獲れたんだよ。喰うかい」
「喰わないのなら頂くけど、いいの」
ボロトラックで取りに来た。
「今年は、柿もキノコも不作なんだ。
こんなにいっぱいありがたいね」
「これ喰えるヤツだよな」
「もちろん」
オレはまたプラズマ作業に戻った。
来年オレがゲージツ作業をするための造船所を、
当たってもらっているカメラマンの
ダニーノから<今、心あたりを探していて
近々にリストを送る>とメールが来ていた。
MUDIMA美術館のジャンルカに
今創りはじめた作品をメールで送ると、
<完成が楽しみだ>と返信あり。
焦ってもいるわけでは決してないが、
オレは若い頃から一〇日もボンヤリしてると、
途切れた集中をまとめるのが面倒になっちまう性質だった。
ダイナモを回転しながら疾走するオレは、
集中が途切れると単なる実年齢があらわになるだけだ。
撃ち続け、往ける処まで行くのだ。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |