クマちゃんからの便り

多角形な雨

オレのFACTORYで日常的なオブジェ制作に使う溶接機は
三相動力である。
溶接だけなら3kw〜5kwで済むが、
ヒカリを溶かすサイバー・KILNが始動すれば、
ピーク時にはいっきに消費電力が80kwに跳ね上がる。
すると、次の一年間は、
サイバー・KILNを使おうが使うまいが、
毎月80kwが基本料金に設定され機器を作動させた使用量は
その上に乗せられて いくというのが、
東京電力のシステムである。
コストパフォーマンスで管理され製品を
日夜生産している企業ではない、
オレのFACTORYでの燃費としては理不尽なモノがある。
オレの頭蓋に湧いてくるイメージが
それを凌駕するのだから仕方がない。
ミラノでのデビューを果たし、
スッテンテンになったオレの闘いはなおも続く。
ゼニカネの燃費を喰うゲージツを人生の様式に選んだものの、
刻一刻と消費しているジカンは有限である。
<La Campanella>の酸化音の波紋は今だ広がり続け、
オレの集中は大きな正四面体に向かい、
垂直の秋雨が打つFACTORYの高い屋根の下で、
平面における最小の多角形である正三角形の小さな鉄片に、
またオートマチズムの未だ見ぬ記号を刻みはじめていた。
その酸化音が集まり大きな正三角形になり、
巨大な正四面体に進化して、
オレが創った正四面体にオレ自身が包み込まれる。
ポケットを裏返すようにオレにとっての全世界を、
内面に包み込み外面世界にやって来た
スッテンテンのオレ自身が、
内と外を創っているのだ。
正四面体が分けている内面でも外面でもなく
界面である正四面体が、オレ自身なのである。
夜中一服しながら勢いにのり、光学用の無膨張硝子を夢想し、
新しい方向に向かいはじめていたから、
燃費を喰うサイバー・KILNをしばらく停止させることにした。
有限のオレのジカンが永遠のヒカリを求める道のりは遠いのだが、
サイバー・KILNのノウハウをイタリアに持ち出して、
伝統硝子のマエストロたちと安く出来るヴェネチアで
オレのヒカリを創ることにやがてなっていくのだろう。
雨の中、八王子までアズサ。
知り合いのガラス工場を訪ねた。
TOTOでの生産ラインの隙間のジカンをゲージツに使ったように、
光学硝子の生産溶解場を使わせてもらう交渉だった。
茨城弁で相変わらず威勢がイイ羽部社長が、
社長は組成研究者の井上氏を紹介してくれた。
「オレから、儲けを望むのは無謀だ。回収は二年後にしてくれ」
「おっしゃってるコトは分かりました」
KUMA'BLUEの無膨張硝子を力説したのだが、
どこまで通じたか疑問を残したまま、
羽部氏と愉快に呑んだ久しぶりの日本酒で、
頭蓋内で正四面体とヒカリが駆け巡っていた。
各駅停車で夜の東京へもどった。





『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-10-24-THU

KUMA
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