森の記憶
細長く太平洋に面した四国の高知は
カツオの一本釣りで有名だが、
海岸線すれすれに山が迫出しているから
平地はすくなく山国だ。
山の森から切り出されたヒノキやスギの銘木は
森林組合連合会へ運び込まれ、ここで競りにかけられる。
以前から注文しておいた八〇〇本を見に高知へ。
建物には使えない安い間伐材や風倒木ばかりを
一〇センチ角の柱に挽いてもらい、
二メートル×二メートル×四メートルの
大きなブロックを創るのである。
そのあと春野町へ。
数年前に大氾濫して広範囲を二メートルも水没させた
新川川を再度訪れた。
東京、山梨を移動しながらすでに構想を創り上げている
頭蓋内を川風に晒して、東西南北を調べて
オブジェを建てるポイントを決定した。
<森の記憶>を持った間伐材八〇〇本で創った
樹のカタマリを、川の畔に運んで
水のオブジェを創るのである。
今回はその段取りだけを済ませて
日帰りするつもりだったが、
待ち構えていた高知の連れたちがそうはさせない。
十七歳で高知から極寒の北海道に渡った祖父さんは
屯田兵になり、末裔のオレは北海道から出て南下している。
「酒を構えているし、カツオが昨日は入喰いだった。
明日朝、船を出す準備も出来ている」
オレと同じ歳のヤマチャンが日にやけた顔で言う。
「カツオのタタキなぞは二、三個喰えばいい、
オレはウツボのタタキの方が好きだし、
今日はウツボを煮付けたのも喰いたい」
オレは喰ったこともない季節外れの無理な注文をして、
何とか交わそうとしたが、
「大丈夫、六時に待っている」
もう断れない。飛行機をキャンセル。
エン会になった。
ヤマチャンの手かが調理したウツボのタタキも煮付け。
発生した古代からモデルチェンジなしに棲息を続け、
遥かイニシエの海の味がする
蛸、烏賊、海鼠、ホヤがオレの四大好物だ。
今度、ウツボも入れて五つにすることにした。
「今度来る時までに、ウツボの巻物を研究してくれよ」
「ウン、イメージが出来ました。今度をお楽しみに」
若い手かが自信あり気に笑った。
「オブジェのタイトルは<森の記憶>にしたんだ」
と濱ちゃんに伝えた。
カツオ好きの彼もウツボの煮付けには唸った。
「それで完成ではないんだ。地鎮をしてもらった神主から
貰った灯明で、<森の記憶>を覆った枝や樹皮に
火を放つんだ。表面がいい加減に炭化したら
町の消防団の青年たちに放水させて鎮火させるんだよ」
「あの川はムカシ木材を運んでいたんだ。木炭も」
「だろう。オレはその場に頭蓋を晒すと、
そんなジカンさえがイメージ出来るんだ。
やがて台風の風雨で、森のジカンの木目が
浮き出てくるだろう」
翌朝、六時ヤマチャンの船でカツオを釣りに出た。
もう回遊した後でやっと一本揚げて東京に戻ったが、
何度か高知に通うことになる。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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