クマちゃんからの便り

森の記憶 火を放つ その1

<還暦>という区切りまでついてしまった今年の越冬は、
再びヨーロッパ遠征に向けてゲージツ的山ごもりの合間、
FACTORYの片隅にあるオレの小さな居住空間の
クソ寒さ対策に、隙間の目張りや床の整備をすませた。

出入り自由の野放し蟄居から抜け出しては、
東京で<誰でもピカソ>収録後、
赤坂<燻>でキタノ巨匠、渡辺マリナ、今田耕二、
プロデュサーらと会食。粥暮らしの胃袋大喜び。
久しぶりにショーチュー呑んで午前二時。

朝八時の飛行機で高知空港。
迎えのエンミヤ、ハマダと森林組合。
何度か高知に通ってはここの貯木場で、
一〇センチ角に切ってもらった風倒木や間バツ材を寄木して
樹のカタマリを創ってきた。

樹のカタマリ

縦横二メートル・高さ四メートル五十、
十八立米、約一〇トンだ。
春日町の河川敷に設置した。
これで終ったわけではない。仕上げはこれからだった。
穏やとはいえ四年前の豪雨で決壊し
ビニールハウスが広がる田園地帯から
高知市内までをも沈めた新川川だ。
護岸を自然工法で改修したロケージョンの遠景は
雑木の森が連なって、長閑な景色である。
高知と言えば何かと、最後の清流とか、
自然を守れとかシンボル<四万十川>ばかりが有名だ。
しかし、カヌーに興味がないオレには樹の国と思っている。
板目や年輪の一個一個にプランツのパワーが刻まれ、
一本一本に森の記憶が内蔵されている。

今回のオブジェは<森の記憶>とした。
東分団の消防車が一台待機し、
新川川の水をいつだって放水準備完了。
地鎮をしてもらう神官に<火の神>をお連れしてもらい、
<森の記憶>の前で関わる全員の穢れを祓ってもらった。

『さあ、いよいよだ』

森林組合連合の面々もオブジェに丸太を四本たてて、
黙々と切り落としの薄板で燃やす準備。
オレが昨夜コトバで語った<炭化>加減のイメージを
焼き付けているはずだった。
この大きな直方体の表面全体を一〇ミリの厚さに
満遍なく炭化させるのである。
各持ち場から「完了!」。
神官が最後に榊を<森の記憶>の正面に刺した。
オレも火炎放射機に点火。

「いくぞ!」

榊の下に火を放つ。

榊の下に火を放つ。

東面、北面、西面、南面を這い上がった火炎は
恐ろしい勢いで十メートルに成長して、
沈んだばかりの空を灼く。
モンゴル草原でも、
サハラ砂漠でもオレを護ってきた作業服を
頭から被って火に近づいて、表面の炭化具合を確認する。

「少し火を収めてくれ」

オレは団長に叫んだ。

「雨にして降らせ! 圧力三だ!」

団長が無線で指示、強い水圧で
炭化が飛ばされないための配慮だろう。
上の炎が弱まって<森の記憶>が水蒸気を噴出す。
オレは今まで、鉄を溶かしたり、ヒカリを溶融させたり、
土を焼き締めたり、何度も火炎の力と戯れてきたが、
それはみんな閉じ込められた火炎だった。
こんな規模の火炎を野放しで扱うのは初めてで、
すっかり高揚していた。

しかし、ゲージツ家の頭蓋は、
仕上げの炭化過程を冷静に見守ってもいた。

『そろそろ、鎮火のタイミングだな』

オレは四面を確認しながら呟いた。

「ヨシッ、鎮火」

オレの作業服の襟元に飛び火して、今度は叫んだ。
大粒の雨の放水で真っ黒い全体が水蒸気に包まれた時だ。

真っ黒い全体が水蒸気

「火災発生、火災発生。○○町○○番地倉庫延焼中、
 各車急行せよ!」東分団のスピーカーが叫んだ。
 
「放水やめ!」

冗談だろう? イヤ、本当だった。
遠くの集落で煙が上がっていのがオレたちからも見えた。

(続く)




『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2002-11-19-TUE

KUMA
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