クマちゃんからの便り |
真夜中の浮遊者 <釦の飛行>の改良しながらの 仕上げ作業を続ける山のFACTORY。 窓の外は初冬の冷たい雨だった。 久しぶりに<起きて半畳寝て一畳>の 蟄居ジカンを過ごしていたが、 数えるほどになっていたタバコを 夜中に最後の一本をついに吸ってしまった。 タバコを売っているコンビニまでは、 村まで降り旧甲州街道を右に曲がり、 そこから同じくらい歩いたところにある。 雨具を着て往復一時間以上もかかる暗い夜道を 自転車では、スリップが危ないし、 ハイライト一箱だけ買う為に 風邪をひくのもバカバカしいとも思った。 二、三日外気に当たってなかったオレは、 蟄居に少し飽きていた。 オーロラを見に行った北極圏の小さな漁具店で買った 沿岸警備隊の防寒服を引っぱりだし、 防寒帽を被り傘をさして歩き出した。 懐中電灯で照らされる足元に、 降りしきる銀色の冷たい雨が刺さっていた。 大袈裟なほどの複式呼吸をくり返すうち いつの間にか、オレはナンバ歩きになっていた。 すっかりショーユ色になった季節の穀倉地帯の田圃道は、 舗装され縦横にはしっているのだが、 雨降りの真っ暗闇では、 ポツリポツリと街灯の心許なくぼやけた行列が続くばかりで 懐中電灯のヒカリの先も曖昧だった。 オレの傘と、 刈り入れが終わった田圃に落ちる十二音階ではない 雨の自然音が、右耳から染み込んで 頭蓋を心地良く充たしていた。 「バシャッ」 雨の音に生き物の生活音が一瞬紛れた。 斜め後ろに懐中電灯を向けると 天水を湛えた稲の切り株の間を、 泥をまきあげた軌跡が蛇行して 奧の闇に消えたばかりだった。 鯉だったのか、蛇だったのかは確認できなかったが、 オレの気配に、冬眠前のくつろぐ闇を邪魔された生き物が 場所をかえたらしい。 ポケットを探った。 そのタバコを買いに行くところだったじゃないか。 暗闇を浮遊するのはどうということはない。 しかし何かの具合で目を覚ましたときの真っ暗闇が恐怖で、 オレは睡眠時ほとんど灯りを消さない。 旧甲州街道方面を目指していた。 ヒカリの束のなかに、 立てて埋め込んだ土管の先に見覚えがあった。 昼間、村まで買い物に下り、帰りに選ぶ田圃道である。 やわらかい田圃の土に、 地下への入口か出口のように立っている 唐突な土管のところに来ると、 オレはつい覗き込んでしまうのだった。 何の目的で誰が立てたのかは知らないが、 詰まっている木の葉から蛙が顔を出したり、 たまに葉陰にコオロギがいたりする変哲もない土管だった。 真夜中の暗闇に気まぐれで、傘の先を突き立てると 詰まった葉っぱが波打った。 下は水らしい。 葉っぱを掻き分けると、 ヒカリの輪のなかに暗い水面が現れ スキンヘッドを光らせた俺がオレを見た。 傘を抜くと葉っぱが水面を閉じた。 コンビニでハイライト三箱買って、 帰りは村のメインストリートを歩いた。 雨はまた激しくなっていた。 部屋に戻ってはじめて封を切って一本すった。 この煙のために二時間つかったのだ。 ジャンボ飛行機の機内に持ち込みトランクに入るよう、 <釦の飛行>の骨をもっとコンパクトにする工夫を 考えていたら朝になった。 トランク一個が、十五立米のオブジェに成長するのは ドラマチックだ。 |
2003-11-30-SUN
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