クマちゃんからの便り

ヴェネチア2003

イタリアがクリスマス休暇に入る直前になって
PAOLOから、
こっちからの意向を書き加え
ぎっしり細かく条件を記した契約書が五枚送られてきた。
<二〇〇三ヴェネチア>でのエキシビジョンは、
六月一日から十一月一〇日までの五か月間に決まった。
場所は十月初旬にロケーションしてきた
フランシスコ修道会の教会で、
十四世紀に建てられた石の回廊と
アーチで囲まれた中庭がオレのスペースだ。
すでにオレの頭蓋の回廊には、
一〇〇メートルの<CANPANELLA>が巡り、
中庭には太いロープでアヤブく支えられた
十メートルちかいヒカリの柱が、
ヴェネチアの空に林立している。
海を渡り国境を越え遥か彼方に、
MILANOよりパワーアップしたゲージツの素材
二〇トンを運び込み、
経済的な問題もあって
今度は向こうで完成させることにした。
存在する肉体すらもオレのゲージツの素材だ。
自分のカタログをオレに渡しながら、
「KUMAを成功させることが僕のシゴトの成
 功でもあるんだ」
と言っていたPAOLOは、
オレより一〇歳ほど若いが最近、
ヨーロッパで大きなアート・プロジェクトを
いくつも成功させている静かな
イタリアのキューレターである。
サインしてFAXし仮契約。
大型トラックや重機を持ち込めない古い都ヴェネチア。
小洒落たオ作品ではないが、
ただ、現象し<戦略>なぞという小ざかしい
頭脳作戦はないオレは、
美しい圧倒的なヒカリを創るつもりだ。
今までだってダラム・サラでも、
サハラ砂漠ではイスラムの遊牧の人々、
モンゴル草原では人民や中国の武装警察の
重機さえ動員させてしまったオレだ。
今度はムラーノ島の若いマエストロたちを動員して、
人力で二〇〇kgのヒカリの柱群を運び、
大型クレーン付きのボートで何度も運搬し荷揚げしたり、
石の教会の狭い入口から刺し込んだりの
大騒ぎになるのは仕方のないことだ。
石工や造園屋から教わった古代人のようなワザを使い、
カラダを駆使するのだ。
圧縮、爆発を繰り返す二サイクルの
焼き玉エンジンのようなオレは、
ただ淡々と三千枚世界に向かう
遅々とした無言の荒行のような日々。
頭蓋は空っぽで集中を集めた掌は動き続けて、
二〇〇二年もあと一〇日ばかりになった。
夜になって、欠けはじめた月が
アカマツ林の梢に引っかかっていた。
日付はすでに関係ないが、速度は上げなくっちゃなぁ。




『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2002-12-22-SUN

KUMA
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