クマちゃんからの便り

あけましておめでとう


暮れには、過剰なエネルギーを少し抜くために行った
釣行は、あまりにも荒事ではあった。
SAOTOMEさんがオレの為に造ってくれた
美しい円弧描いてしなったロッドで仕留めた
オニカサゴや大きなカンコで、
ついに二十三回目のGARAと
六十一回目のオレが迎えた元旦を祝って喰ったくらいで、
正月らしい行事は一切なく、
ただ二日の朝に墨を擦りちょっと高価な和紙に
<般若心経>を描いた。
いつも背水のゼニと生命のやっぱし
今年もオレのゲージツは荒事であるオレから、
オフクロとマネジャーへのささやかなお年玉である。
大晦日の夜、格闘技を観て以来、
たまに<スカパー>でディスカバリーチャンネルや
アニマル、釣り番組を観るくらいで、
甲高いテンションの地上波正月テレビは観なくなった。
いよいよオレの<ヴェネチアビレンナーレ>
二〇〇三がはじまった。
もちろんPAOLOとの契約書を交わした
去年十二月から制作はすでに開始しているのだが、
六月オープンに向けてヴェネチアへ
三月末にはオブジェ群を送り出し、
四月にはヴェネチアに渡っての仕上げ作業と、
年々激しさを増す日々で暮れていくのだろう。
寒波と雪の回数が例年より多い山篭りに入って、
雪掻きさえしている時間もないのだが、
もっとも今年になってまだ誰とも会っていないし、
訪ねてくるヒトもない。
膨大な量のヒカリの柱群は一月末から
削り出すスケジュール。
今は着々と<ヒカリのカンパネラ>
三〇〇〇枚に向っている。
今年もヨロシク。



クマさんから年末にいただいていた原稿も
同時に掲載いたしますね。↓をご覧ください。

オオツゴモリッ屁


いっそう膨大な量になるCANPANELLAの制作と、
総量五トンあまりになるヒカリの柱計画を
山ごもりのFACTORYで着々と進行していたが、
暮れも押迫って房総の突端、
三泊四日で布良の海に向かうことにした。
暮れ正月は何処の家庭でも居たところで
何の役にも立たない亭主たちも、
外に出掛ける理由が見付かないのだろうし、
釣りなぞもっての他らしく、
この時期、オレの我が儘に同行する者は
誰ひとりとしていないものだが、お気の毒なことである。
忙しいテレビ制作で家に帰ればただ
ゴロゴロしているナカガワがいた。
ヤツを誘いだせば片付けに忙しいヨメにも喜ばれ、
彼も釣りを楽しめるというものだ。
太平洋に突き出した布良の船宿に辿り着くと、
腹具合が悪く食欲もない。
熱っぽく節々まで痛みだした。
メシも喰わず白湯だけを少しづつ飲みながら
暖房もない四畳半に布団を二枚敷き毛布も二枚、
掛け布団も二枚重ねて挟まって寝る。
下痢で一晩中トイレ通いで眠れない。
なんてこった!五時起き出港までに何とかしなくちゃ。
勇気あ る撤退なぞはないオレは
やっぱりバチ当たりだったのか。
熱は下がっていたがしかし、
下っ腹の方がどうも怪しく心元なかった。
キコリ君が午前中だけ参加してナカガワと三人でヒラメ。
イワシの群れがまだ来てないうえ潮の流れもいけない。
全く魚信なし。
夕方から夜の海にキンメを狙いに行くも
一匹も当たらない。揺れて踏ん張るたびに尻の辺りが
生暖かくなりやがて冷えてくる。
狭い座棺ほどの舟のトイレの中で
アクロバッティクな格好で下の始末。
もう二日何も喰っていなかったから、もう体液だけだった。
身体が柔らかくてよかったとシミジミ思う。
寒すわ空腹だわ、食欲もなくすっかり冷えきって
宿の風呂場で尻を洗うついでに洗面器の湯を
肛門から吸い込み吐き出した。
空腹を充たすのではなくただそうしたくなったからだった。
風呂場の壁のカビや汚れが目立つタイル目地を
素っ裸のままタワシで掃除した。
掃除した風呂場は気持ちがイイものだ。
そうか、家庭の年末大掃除はこういうコトだったのか。
しかし、それは毎日の日課でやればイイコトだろうなぁ。
各家庭のシキタリだ からどうだっていいか。
翌朝も下痢は続きメシは喰わなかった。
大晦日まで喰うまいと思った。
オレの大掃除は身体ひとつだけだ。
下痢はこの激しかった一年に溜まった老廃物に違いない。
文藝春秋の森青年から電話。
「どうしても仕事が終わらずカワハギ釣りに行けない。
 預かっている原稿は大晦日にお渡しします」
とのことだった。
下痢を垂れ流しにしながらも
釣り三昧のオレの何百枚にもなる拙い原稿に
眼を通してくれているのだろう。
申し訳ないと少し思ったが、
すぐにオニカサゴの仕掛けを作っていた。
「ナプキン買って来ました。
 これちょっと妙だけど、垂れ流しよりは」
「股に挟むのか」
「僕、痔で苦しんだことあるんです。よかったら」
「よくはないけど、ありがとう」
朝、大工のカーペン君兄弟が来ていた。
彼は釣りの特約記者もしている釣り好きだ。
一五〇メートル底を探るオニカサゴ釣りは
初めてだったが、
座棺と釣り座を行ったり来たりしながら
カーペン君に教わって作った仕掛けで
三本とバカデカイ<カンコ>を上げた。
結局、釣果はあまり芳しくなかったが三泊四日で
五回連続海に漂い大満足な釣行だった。
宿に戻って、あまりにも長い乾いて水分のない放屁は、
一年分の安堵の溜息だった。
急に腹が空いてナカガワと街道筋で
<年越し蕎麦>を喰った。
四日間の独り生体実験から生還した食道が、
胃袋に滑り落ちていく食い物の味さえ
シミジミ味わっていたのだった。



どちらさんも二〇〇二年お世話になりました。
二〇〇三年はヴェネチアで、
六月から五ヶ月間続くKUMA個展をお楽しみに。
ミラノ以上のものを御見せできる。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2003-01-06-MON

KUMA
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