往ける処まで行く方向
保証期間切れの三日前になってパソコンの調子が悪くなり、
主治医であるチチブ電器のハードロックボーイ
NORIが飛んできた。
どうやらハードディスクがイカレテいるらしい。
あっちこっちに持ち歩いているから仕方がないか。
「メーカーに無料で治させますが一週間程かかります。
初期化しますが、
ちゃんとコピーを取って元に戻します」
と持ち帰った。
無料なのは今、一番有難い響きである。
終盤作業に戻っていたオレの作業服の胸で、
頼りなくプツプツ切れがちな携帯電話が鳴った。
「おめでとうございます」
TSUCHYの何とか興奮を抑えている声だ。
「何がめでたいんだヨ」
「リド島で行なわれるヴェネチア映画祭に同時開催する
<OPEN>という大きな展覧会にKUMAサンが
ニッポン代表として招待することに決定したと、
今、キュウレターの大御所ピエール・レスタニーの
パリ事務所からPAOLOの処に連絡があったんです。
映画関係者だけでなく世界中の
物凄いコレクターで賑わう豪華なホテルの前が
KUMAさんのスペースで。
凄いチャンスです」
「それは、どういうことだ。
オレにはもうゼニは無いぞ。
ヴェネチアでスッテンテンだわい」
「KUMAさんは招待ですから
参加費はもちろん無料です。
PAOLOが提出した作品集を見た
レスタニーが決めたんですよ。
おめでとうございます」
オレはあと17メートルに迫っていた
Campanellaに気を取られていた。
「タダか。いいねぇ。ぜひ参加するよ」
オレの今年はヴェネチア一色ということになるわい。
5月にヴェネチア個展の準備、
8月には<OPEN>の制作で再び上陸して、
筋肉と頭蓋をフル回転するオレの
ゲージツをすることになるのだ。
「厄介かけるぞ、TSUCHY」
まだ会ったことのないピエール・レスタニーが
オレのゲージツをどう見るのか楽しみだし、
もし、ヴェネチア映画祭で
KITANO巨匠と会えたらと夢のような事を妄想した。
いよいよ長いジカン浮遊してきたオレの、
往けるところまで行ってみる方向が定まってきたのか。
ヴェネチア個展の準備の合間に、
創っていた傾いた柱が完成した。
粥を食いながら無言のままの山篭りも、
もうすぐ春だ。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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