クマちゃんからの便り

春の黄金色

ヴェネチア個展に向けて、
<循環するヒカリ>や
<ヒカリのCampanella>などのオブジェが
オレの手元を離れるのがあと十日ほどになって、
やっと荒縄が届いた。
いまや、米俵はセメント袋かビニール袋になって、
荒縄も農家の納屋からも消えて
ナイロン綱やマニラロープが主流だ。
かってモノとモノを縛り付けていた荒縄は
もう綱の主役ではなく、
藁は脱穀機で細かく裁断されてしまい
手に入れるにはなかなか厄介である。
何とか一〇〇〇メートル手に入れた。

井戸掘りのスガワラ君は
年度末の水質調査で手が空かないし、
クレーン屋も天候不順で遅れた工事で忙しい。
みんな春を前に忙しいのだ。
仕方がないので荒縄の束を身体にぶら下げたり、
唯一の交通機関である自転車に括りつけたりして
高台に向かう。
シミュレーションした<循環するヒカリ>の
ガラスと鉄を荒縄で巻きつけるのである。

フランチェスコ修道教会の広い中庭を取り囲む
四〇数本のアーチの石柱も
二〇〇〇メートルの荒縄をきっちり巻いて、
プランツ・パワーの黄金色にする予定だ。

イタリアにポスターやカタログ用に
<循環するヒカリ>の写真を送った。
ムディマ美術館のJINO館長やヴェネチアのPAOLOから
異口同音に興奮気味のEメールが届いた。

山ごもりのゲージツにももうすぐ春だ。
梅のつぼみも膨らんできた坂道を
自転車を押して登っていく。まだ寒いが、
どこまでも、人力しかないオレのゲージツ…。

藁の色はイイ。
春の陽に枯れた藁が金色に輝いていた。





『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2003-03-11-TUE

KUMA
戻る