一難去ってまた一難
シミュレーションで建てた十三トンの
<循環するヒカリ>を無事に解体することが出来た。
オリジナルの一本足クレーンが、
設計どおりにうまく機能したのである。
四ヶ月の山ごもりで制作したオブジェを梱包屋へ搬入して、
やれやれと思っていたら、
「十四世紀の国宝級の寺院に、膨大に持ち込んだH鋼を
古いフランチェスコにぶつけて
石像を壊したらエライ事になるんだ。
工法をどうするのか、」
とイタリアから心配するメールがきた。
どうやらオレのアイデアが具体的になり、
武川で建ててみた写真を見て、
再構築の方法の考え方が違ってビビったらしい。
山での組立や解体の様子を撮ったビデオを送り、
「勝手知ったオレのスタッフたちを同行して、
持参したクレーンを駆使するから 大丈夫だ」
とメールを打ち返す。
完璧に作動するクレーンを観てやっと安心した彼らから、
OKの返事が届いてオレも胸をなで下ろした。
今度は、桜の開花前のある日、梱包屋から
「完了した」との連絡が入り、
いよいよ船出を待つばかりと一服していたら、
山奥のテレビで戦が始まっていた。
中近東の独裁者を殺して、
イスラム世界にアメリカン・デモクラシーを
植え付けようとする傲慢な戦と見た。
高価な主義である。
画面に軍事評論家とか、
中東に詳しい大学教授やらが顔を揃え、
一方的な映像を何度も流しながら語りあっていた。
高価でチープなプロパガンダを眺めている場合ではないと、
オレはコンセントを引き抜いて、
キタノ氏に頂いたお茶を開封した。
プシュー。
アルミの真空パックに空気が入り、
仮眠していた茶葉が深呼吸した。
囲炉裏に焚いた備長炭で鉄瓶の湯を沸かし、
ゆっくり茶を入れた。
「ヴェネチア・ビレンナーレは大丈夫か?」
とTSUCHYに電話。
「今年五〇回記念のビレンナーレの記者会見が、
ちょうど昨日ありました。大勢集まって最後は、
戦しているときに芸術祭りはないだろうという
意見も出て盛り上がっています」
「何処にでもいるもんだな。
それにしても手にした夢のような民主主義も
半世紀で腑抜けになる。
砂漠にはせいぜいコカコーラまでだな」
「こんな時こそゲージツは力を出さなければ。
頑張ってください」と。
冷え切ったお茶をすすると今度は
「ヴェネチアに向けて出港したあと何カ所か寄港すんですが、
もしスエズ運河が閉鎖になるとしたら、
航路をケープタウン経由に代えます。
シンガポールを出るまでにそれが決まれば、
一週間ほどの遅れで何とかなりますが、
その後の決定では二週間以上遅れてしまいます」
と今度は船会社からだ。
一難去ってまた一難である。
「しかし戦ごときでゲージツを止められるか。行くぞ!」
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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