クマちゃんからの便り

まだ幼すぎる終止符

糸井重里から歳暮や中元の季節になると郵便小包が届く。
お茶があったし、ティーシャツだったときもあった。
何色かセットになったトートバッグ。
そうだレトルトのカレーもあった。
そのときどき彼の興味あるモノを送ってくるらしい。
オレにはあまり興味のないモノだが、
周りの者は喜んで持っていく。

表紙に<ONLY IS NOT LONELY>と
印刷された去年の歳暮だった手帳は、
大きさや厚さなどが手ごろで、
アズサ移動中の座席で落書きする無数の線や、
オブジェの部材計算や買い物メモに使っている。

テッシュ、タバコ一カートン。
H鋼。ニンジン、ボルトナット一〇〇本、タマネギ。
4,5ミリ厚鋼板、タマゴ。きな粉。
取り留めのない単語や、直線の群れに混じって、
グルグルした黒丸が目立つ。
頭蓋内に明快な輪郭が結べなくなった時のオレの癖だ。
いま書いたコトバがピリオドで侵略されて、
ページいっぱいに拡がったピリオドがある。
ボールペンの真っ黒なグルグル線の隙間から、
打ち消したコトバの欠けら、図、貼り付けたレッテルが、
ヒカリに見えてくる。
グルグル・ピリオドは終止符ではなく、
いろんなモノを含んでまだまだ続く休止符なのだ。
それにしても最近のページは、
やたらと真っ黒けで大きな黒丸が多くなっている。
小型スピーカーで唄う宴会でにぎわう上野公園の満開の時、
標高六〇〇メートルにあるFACTORYの桜は
まだ咲く気配がない。

「神代桜はまだか?」

と高台の百姓に電話する。

「まだ二分咲だ。満開は来週中頃だぁね」。

樹齢一二〇〇年の彼女の巨躯は、
暗闇を抱いた虚が大きくひらいているのだが、
今年も気温を選び取ったらしい。
オレは何年か前の夜に、
ショーチュー<天草>を抱えて
百姓の軽トラで
高台の神代桜をコッソリ観に行ったことがあるが、
風の音しか聴えない闇が春の吹雪になっていた。
白い娘衣装のような花を脱いでいく、
古木が大蛇に見え凄まじいの脱皮の様子に
酒を呑む気も失せて、百姓と逃げ帰った。
桜の花びらを酒に浮かべてみたり、
桜の湯を飲む風雅など無縁なのは
オレが嗅覚を失っているからだろう。

作業の合間に一服しながら、
山裾の雑木に挟まって咲く桜の遠景を眺めるのが丁度イイ。
<まだ幼すぎるピリオド>を造りはじめる。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2003-04-11-FRI

KUMA
戻る