クマちゃんからの便り

目前になったヴェネチア遠征

<誰でもピカソ>収録後、北野巨匠、
今田、伊従君、イーストの瀬崎氏、
東テレの伊藤プロデュサーたちが、
オレのヴェネチア行き壮行会を開いてくれた。
麻布の住宅街に看板も表札もなく
客は一日一組しか取らない目立たない一軒の料理屋。
壮行会といっても、順調に撮影が進行している
北野監督の座頭市の話し、
オレのオブジェの雑談など気楽な夕飯だった。

お開きの別れ際、北野巨匠から
「うまくいくとイイね」気遣いのひとこと。

伊従君、瀬崎らと二次会。
翌日はオブジェ組立のため
山梨FACTORYに向かうから、
三時に切り上げ二時間ほど眠り
朝七時のアズサでFACTORYに着く。

タナカ製作所で創っていた
総重量一トンになったオブジェ・パーツを
積んだトラックが到着していた。

すでに集結していたいつもの手元等と茶を飲み、
二日酔いを払いのけ手順を打ち合わせる。

九時半、八十九個のパーツを
五〇〇個のボルトナットでジョイントして
真っ球体のオブジェに仕上げる作業を開始。

イタリアでの作業時間や問題点をチェック。
手元は今日いっぱい掛かると言っていたが、
昼飯抜きで続けオレの予想通り午後一時半に終了した。
解体も再構築もボルトナット、
梱包移動はコンパクトに、
出来上がれば圧倒的重量感。

この方法でリド島でも問題なしだ。
突如出現したオブジェを眺めながらエン会。



芸大彫刻科の院生ロサリアはナポリからの留学生だ。
ジノの紹介で見学に来ていた。

南部のイタリア人はゼニはなくても元気だ。

「保険も掛けといた。無くすなよ」

ヴェネチア遠征に同行させる手元の一人
クレーンマンに証書を渡す。

「これ幾らになるだか」

「死んだら一億円だぞ」

「オラァそんなに値打ちねぇだよ」

初めてのヨーロッパ行きの彼は

「カカァが聞いたら、帰えてこなんでイイって言うだ」

たまげた風に言う。

日が甲斐駒に隠れ闇が降りてきたころを見計らって、

「球体の螺旋からビームを吹き出すように、
 アカマツの葉を集めて中で燃やすんだ」
 
指示した。怪訝顔の彼らも
激しい火炎を内包した球体に歓声をあげた。

ロサリアの声が特にデカイ。

「スバラシイ」

「ソノママデ、ソノママ」

炎が弱まると

「ドーシテ、シンジラレナーイ」

ポルノのような声がアカマツ林に響いていた。
イタリア・サッカーのエキサイティングが
わかるような気がした。



船会社から個展用に送り出した
十数トンの荷物の到着が一週間延びるとの連絡。
早めに出港させておいたから
倉庫代が掛からなくなって丁度よかったわい。
錆び作業が少し残っているが、
もうヴェネチア遠征は目前になった。

『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2003-05-13-TUE

KUMA
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