クマちゃんからの便り |
ヴェネチア浮遊 その5 鳥の夢、フランシスコ像、硝子と税関 朝も暗いうちからボーボーと しつこく不気味に鳴き続ける鳩は、 <平和>なぞという政治の不毛なコトバの象徴には 似つかわしい。 下請けから貰った瑠璃鳥を 自慢気に見せてくれた土建屋は、 バブルが弾けたら倒産して小鳥も死なせてしまい、 四国のヤクザ伝蔵さんは小鳥が好きで、 朝早く違法のカスミ網を掛けに行っては捕った小鳥を、 自分の篭の中で飼っていたし、 好んで鳥ばかり描く絵描きのことなぞを、 コーンフレークを喰い八時集合までの少しの時間を 一服しながら思い出していた。 本人達に訊いたことはないが、 彼らは空を飛ぶ夢をみているのだろうか。 明日終わると分かった 最後の晩餐に何を喰うかという番組を見かけたことがある。 コーンフレークなんて鳥の餌だと 吐き捨てるように言ったヤツがいたが、 終わると分かる明日に興味もないし、 鳥になりたいとも思わないオレの朝は、 鳥の餌でも充分満足している。 今朝の肌寒い空には厚い雲が走っていた。 一〇時過ぎには雨になると思っていた。 ファビオやアレッシオ兄弟は時間も正確だし、 オレのシゴトを正確に理解しているから 作業は順調に進んで完成してしまいそうな勢いである。 ジャパンでなら大型クレーンで 部材を移動させて作業するのだが、 梱包を開いて全部人力で重い鉄を運び、 ベースのボルトアップまで済んだところで、 カミナリが盛大に鳴り出して途端に土砂降りになった。 ずぶ濡れで回廊に待避して、微動だにせず、 陽気に掛け合っていた声もなく屋根から 滝のように墜ちてくる雨をみんな眺めていた。 オレのシゴトに興味をもって 何かにつけて話しかけてくる一番若いマルコさえ、 大人しく雨に打たれるフランシスコ像を 大人しく見つめていた。天変が通り過ぎるのを ただジッと待つそれぞれの目の先にある フランシスコ像の辺りに、 まだ立ち上がってない <LA LUCE CI RCOLANTE> を描く沈黙は豊かなジカンだった。 予想は大きくずれて午後四時。 大量の雨は一時間降り続けたが、 すっかり濡れた鉄は滑って危ないので 今日の作業はここで中止にした。 ミラノのギャラリーでオレが創った 初期の硝子展が二十七日オープンするのだが、 オブジェが税関で停まっているとの連絡だ。 徐々に強くなるユーロとますます弱くなる円、 <LA LUCE CIRCOLANTE>の旅が 続いているオレの世界とは関係なく、 関税だとか何かと騒がしくなっているらしい。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2003-05-25-SUN
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