クマちゃんからの便り

ヴェネチア浮遊 その6
クレーン、仮面、吊るされた男。


朝八時。寒い空気のなか狭く入り組んだ
ビエンナーレ地区の路地を、
犬の糞を飛び越えながらフランチェスコ教会に向かった。

ムラーノ島から自分の船で乗り付けるファビオ、
アレッシーの<運河の兄弟>を先頭に、
TSUCHY、マルコ、セバスチャンも
波止場の路地からやって来る。
シゴトが出来る男は、時間も正確だ。

オレが設計した一本足クレーンを組立。

武川の山の上では大型クレーンを使って仕上げた。

実験改良中だったこのクレーンは
梱包寸前にやっと出来上がって、
実際には今日が初めての稼働である。

上下はチェーンブロックで、
左右の方向はアームの先端につけたロープで定めていく
設計の趣旨と使用方法を、身振りで説明したが
彼らはまるで自分の道具のように自由に使いこなし
三メートルのH鋼を吊っては、
次々とボルトアップしていく。

吊り物の重さで暴走しないように
ロープの先に巻き付けクレーンの一部になっていた
ゲージツ家の身体は、
白鯨と一体になったエイハブ船長のように
フランチェスコ像の周りを
あっちに走りこっちに引っぱられた。

「マエストロは長すぎる。今日からはKUMAになる」

午後一時には六本立ててやっと休憩。
オレは機械からやっと解放された。

「KUMA、最後の三メートルの硝子柱を吊る時、
 もう一本繋ぐ柱はもっと短くていいね。
 その方がシゴトし易いから今晩切ってくるよ」
 


昨夜、オレが送っておいた
武川での組立のヴィデオを見ながら
翌日の作業をイメージトレーニングしていて、
大好きなミラノとローマのサッカー決勝戦を
見逃してしまったというファビオのアイデアを採用した。

TSUCHYと
オリーブオイルと赤南蛮と
塩だけのスパゲッティを喰った小さな店の壁には、
色々な仮面が掛かっていた。

「二月のヴェネチアは街中この面を着けて
 パーティだらけになるんです」

仮面で変身して普段の押さえている
心まで別人になった人々が溢れる祭りは
どんなものだろうと想像するオレは、
クレーンの油が切れたみたいに身体中の間接が痛んでいて、
せっかくの起源の説明などは忘れた。

東北の県会議員に当選した覆面をした
善玉レスラーの正義を想像したが、
滑稽だった<正義の味方だ、良いヒト>の
月光仮面というのもいたが、
ときどき歴史上には<正義>を振りかざすヒトが現れる。

オレは明日も自分で作ったクレーンに振り回されるのだ。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2003-05-26-MON

KUMA
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